菅家さんご本人にはお祝いと労いの言葉を送るしか思いつきません。本当によかったです。裁判官も謝罪の言葉を述べただけでなく3人揃って起立して頭を下げたそうですし。
ただし、新聞TVは
「無罪判決でよかったね」
って幼稚園児でも言える感想を垂れ流すのではなく、
・誤った安易な見込み捜査で真犯人を取り逃がし、
・あまつさえ無実の人間を密室の取調べの中で自白を強要し犯人に仕立てあげて20年の長きにわたって自由と人権を奪ってきた、
この2点をキッチリとツッコんで、警察と検察の自白偏重の捜査のあり方の見直しから代用監獄廃止と取調べの可視化や弁護士立会いに議論を持っていくところまで問題を提起していかないといけないのですが、そこまでできるくらいならとっくに自浄能力を発揮してるでしょうし、だいたい自分達が違法な捜査に積極的に関わっていることも知らぬ存ぜぬですからね・・・orz
民主党には取調べ可視化の法制化と代用監獄廃止を進めるいい機会にしてほしいんですが、肝心の法務の政務三役はヘタレてるっぽいし、党内に残った議員達が頑張って突き上げてみるとかないですかねぇ・・・。

〔※追記:京都弁護士会が「足利事件無罪判決に関する会長声明」を出したそうです。こういった意見がドンドン出てくるといいのですが・・・情けないことに京都新聞に京都弁護士会会長声明の記事が少なくともWEB上では載ってないという・・・とほほ〕
◆足利事件無罪、裁判長の謝罪の言葉=全文
【読売新聞 2010年3月26日】
足利事件再審判決・佐藤正信裁判長の謝罪の言葉(全文)
通常ですと、判決宣告後に適当な訓戒ができることになっていますが、本件では、自戒の意味を込めて謝罪をさせていただきます。
菅家さんの真実の声に、十分に耳を傾けられず、17年半もの長きにわたり、自由を奪う結果となりましたことを、この事件の公判審理を担当した裁判官として誠に申し訳なく思います。
このような取り返しのつかない事態を思うにつけ、二度とこのような事を起こしてはならないという思いを強くしています。
菅家さんの今後の人生に幸多きことを心よりお祈りし、この裁判に込められた菅家さんの思いを深く胸に刻んで、本件再審公判を終えることといたします。
◆【足利再審】判決要旨【MSN産経ニュース 2010年3月26日】
「足利事件」の再審判決公判で、宇都宮地裁が26日言い渡した判決の要旨は以下の通り。
主文 被告人は無罪。
理由 第1 本件再審公判に至る経緯等
1 本件確定審が認定した事実は概要以下のとおりである。
被告人は、(1)平成2年5月12日午後7時ころ、栃木県足利市伊勢南町9番地3所在のパチンコ店「ロッキー」の南側駐車場において、松田真実(当時4歳)が一人で遊んでいるのを認め、同児にわいせつな行為をする目的で同児を誘拐しようと企て、同児に対し、「自転車に乗るかい。」などと声をかけて自己が運転する自転車の後部荷台に乗車させ、自転車を運転して同所南側にある渡良瀬運動公園に入り、同公園内の道路を走行して、同公園内サッカー場西側角付近の三差路に自転車を止めて同児を降ろし、同所から30メートル余り南西にあり同公園からは見えにくい位置にある、同市岩井町字大柳下225番地付近の渡良瀬川河川敷内低水路護岸上まで、役600メートルにわたり同児を連行し、もって同児をわいせつの目的で誘拐した。
(2)前記日時ころ、同児にわいせつ行為をすると騒がれて人に気づかれるおそれがあるからわいせつ行為をする前に同児を殺害しようと考え、同所において、同児の全面にしゃがみこむようにした上、殺意をもって、やにわにその頸部(けいぶ)を両手で強く絞めつけ、その場で同児を窒息死させて殺害した。
(3)同児の死体を付近の草むらまで運んで全裸にし、同日午後7児30ころ、その死体を、前記殺害場所から直線距離にして南西役94メートル離れた渡良瀬川河川敷内の草むらに運んで捨て、もって死体を遺棄した。
2 確定審判決に至る経緯
(1)確定審記録によると、本件の概要は以下のとおりである。
ア 半袖下着の発見とDNA型鑑定の実施
平成2年5月12日土曜日、本件被害者である松田真実(以下「被害者」という。)が、栃木県足利市伊勢南町9番地3所在のパチンコ店「ロッキー」付近で行方不明となり、翌13日午前10児20分ころ、ロッキーから約400メートル南方の渡良瀬川河川敷の草むらの中で、全裸の遺体となって発見された。付近の川底から、被害者が着用していた半袖下着(以下「本件半袖下着」という。)やパンツが発見された。
警察庁科学警察研究所は、平成3年8月27日から同年11月25日まで、本件半袖下着に付着していた体液と、菅家氏がごみ集積所に息したポリ袋内にあったティッシュペーパーに付着していた体液について血液型鑑定およびいわゆるMCT118法によるDNA型の鑑定(以下「本件DNA型鑑定」という。)を行った。
イ 本件DNA型鑑定の経過および結果
DNA型鑑定は、細胞の核の中にある染色体内にある二重らせん構造をした遺伝子(DNA)のアデニン(A)、シトシン(C)、グアニン(G)、チミン(T)という4つの塩基の配列が個人によって異なり、終生変わらないことを利用し、その塩基配列によって異同識別を行うものであり、MCT118法は、ヒトの第1染色体に位置し、ACGTの4つの塩基が16個を一単位として繰り返しているMCT118という部位を対象としてDNA鑑定を行うものである。
具体的には、本件半袖下着の後部(背中側)表面の2カ所および菅家氏が遺留したティッシュペーパー2枚について、精子を確認し、蛋白(たんぱく)除去等の処理を行った後、MCT118プライマーでPCR増幅を行い、それをDNAラダーマーカー(123bpマーカー)とともにポリアクリルアミドゲルで電気泳動をかけて分離を行い染色処理をする方法で鑑定を行った。判定は、DNA解析装置を使って泳動写真のネガフィルムをコンピューターで画像解析し、それぞれの泳動距離から塩基配列の反復回数を算出するという方法で行った。
その結果、各体液のDNA型はいずれも、MCT118型が16-26型で同型であった。また、血液型検査については、いずれもB型のLe(a-b+)型:分泌型となった。そして、このような血液型およびDNA型を持つ者の出現頻度は、鑑定時までに明らかになっていた出現頻度を基に計算すると、16型の出現頻度が4.7%、26型の出現頻度が8.9%で、16-26型の出現頻度は、0.83%と算出され、血液型の出現頻度も併せると、結局、日本人の中で0.1244%、つまり1000人中1.2人程度であると算出された。
ウ 菅家氏の供述経過
平成3年12月1日、警察官が菅家氏を任意同行して取り調べを行ったところ、菅家氏は当初本件への犯行を否認したものの、同日夜に至って、本件犯行を認めたため、翌2日未明、被害者に対する殺人、死体遺棄の被疑事実で通常逮捕された。その後も、菅家氏は、本件各犯行をいずれも認め続け、同月21日、被害者に対するわいせつ誘拐、殺人、死体遺棄の各公訴事実について宇都宮地方裁判所に起訴された。
菅家氏は、平成4年2月13日第1回公判期日において、本件各公訴事実をすべて認めたが、同年12月22日に行われた第6回公判期日の被告人質問中、本件各公訴事実について否認するに至った。しかし、平成5年1月28日に行われた第7回公判期日において、再び本件各公訴事実を認める旨が記載された上申書などが取り調べられた上、同期日における被告人質問において再び本件各公訴事実を認めるに至り、その後本件を認めたまま一度は結審した。しかし、その後菅家氏は、同年5月31日付の弁護人あての手紙で本件各公訴事実を否認するに至り、同年6月24日に行われた弁論再開後の第10回公判期日において、菅家氏は再び本件各公訴事実を全面的に否認する供述をし、最終陳述においても本件各公訴事実を否認して結審した。
(2)平成5年7月7日に宣告された第一審判決は、(1)本件DNA型鑑定、(2)菅家氏の自白の2つを主な証拠とし、その他、遺留されていたパンツに付着していた陰毛と菅家氏の陰毛の形態が類似していたこと、菅家氏の性向、土地勘などの諸事情から、菅家氏が犯人であると認定した。そのうち、本件DNA型鑑定および菅家氏の自白について判決が述べるところは概要以下のとおりである。
ア 本件DNA型鑑定について
まず本件DNA型鑑定の証拠能力および信用性について、MCT118型による鑑定方法は歴史が浅く、その信頼性が社会一般により完全に承認されているとまではいまだ評価できないが、その鑑定方法は科学的な根拠に基づいており、警察庁科学警察研究所の専門的な知識と技術および経験を持った技官が適切な方法により行ったと認められ、その証拠能力は認められる。また、鑑定結果の信用性に疑問を差し挟むべき事情もうかがわれず、本件DNA型鑑定の結果は信用することができる。出現頻度に関する数値については、今後より多くのサンプルを分析することで多少の変動が生じる可能性はあるとしても、おおむね信用できる。
イ 菅家氏の自白について
菅家氏が、本件で取り調べを受けた当日に自白し、それ以降捜査段階において一貫して自白を維持していたこと、公判廷において、被害者を誘い出した目的などについて、捜査段階と一部異なる内容の供述をすることもありながら公判の最終段階に至るまで自白自体は維持していたこと、捜査官の強制や誘導などが行われたことをうかがわせる事情はないこと、弁護人に対してもほぼ一貫して事実を認めていたこと、自白内容自体についても自然で信用性に疑問を差し挟む事情が認められないことなどの事情から、菅家氏の自白は信用できる。
(3)菅家氏は、1審判決を不服として、平成5年7月8日、東京高等裁判所に控訴の申し立てをしたが、平成8年5月9日に宣告された控訴審判決についても、1審判決とほど同様の認定がなされた。すなわち、まず、本件DNA型鑑定の証拠能力については、本件DNA型鑑定は、科学理論的、経験的な根拠を持っており、より優れたものが今後開発される余地はあるにしても、その手段、方法は、確立された、一定の信頼性のある、妥当なものと認められ、専門的知識と経験ある練達の技官によって行われたものであるから、証拠能力は認められる。また、本件DNA型鑑定の信用性については、123マーカーの型判定用指標としての適格性に問題が生じているとの主張に対し、後にMCT118法でDNA型鑑定を行う際、123マーカーではなくアレリック・マーカーが使用されることになったが、両者は相互対応が可能であり、123マーカーで判定された型番号自体がそのままMCT118部位の塩基配列の反復回数を示すものではないとしても、型判定作業が同一条件下で行われる限りなお異同識別に十分有効であるなどとして、その信用性は認められるとした。
また、菅家氏の自白については、取り調べの当初、菅家氏が主張するような、菅家氏を小突くなどの言動が警察官にあったとしても、菅家氏の自白前後の様子や自白内容などに照らして任意性に影響する事情ではないとした上で、菅家氏自身、1審および控訴審の各公判廷において、捜査官の取り調べの際に誘導されたり、供述を押しつけられたりしたことはない旨述べていることなどを総合的に考慮し、取り調べに際し、捜査官が菅家氏に対して殊更誘導、強制を加えた事実は認められず、菅家氏の自白に任意性は認められるとした。また、信用性の点についても、内容の合理性や客観的事実との整合性、自白内容の変遷などに詳細な検討を加えた上で、菅家氏の自白は信用できるとした。
(4)菅家氏は、平成8年5月9日、控訴審判決を不服として上告申し立てをしたが、最高裁判所は、平成12年7月17日、弁護人らの上告趣意はいずれも上告理由に当たらないとした上で、職権で、菅家氏が犯人であるとした原判決に、事実誤認、法令違反があるとは認められないとし、なお書において、要旨次のとおりの判断を示して、上告を棄却する決定をした。
「本件で証拠の一つとして採用されたいわゆるMCT118DNA型鑑定は、その科学的原理が理論的正確性を有し、具体的な実施の方法も、その技術を習得した者により、科学的に信頼される方法で行われたと認められる。したがって、右鑑定の証拠価値ついては、その後の科学技術の発展により新たに解明された事項なども加味して慎重に検討されるべきであるが、なお、これを証拠として用いることが許されるとした原判断は相当である。」
その後同決定に対する異議申し立ても棄却され、菅家氏を無期懲役とした1審判決が確定した。
3 再審開始決定の経緯
(1)菅家氏は、平成14年12月25日、新たに行った菅家氏の毛髪のDNA型鑑定の結果と本件DNA型鑑定の結果とが異なる旨の検査報告書や、菅家氏の自白内容が客観的な被害者の死体所見と矛盾する旨の鑑定書など、菅家氏に対して無罪を言い渡すべき明らかな証拠をあらたに発見したとして、宇都宮地方裁判所に対して再審請求を行った。しかし、同裁判所は、平成20年2月13日、これらの証拠はいずれも菅家氏に対して無罪を言い渡すべきことが明らかな証拠には該当しないとして、前記再審請求を棄却する旨の決定をした。
(2)菅家氏は、平成20年2月18日、この決定を不服として、東京高等裁判所に即時抗告の申し立てをした。同裁判所は、同年12月24日、前記検査報告書などの新証拠の内容、本件の証拠構造における本件DNA鑑定の重要性およびDNA型鑑定に関する著しい理論と技術の進展の状況などにかんがみ、菅家氏および本件半袖下着についてDNA型の再鑑定を行う旨の決定をした。具体的には、大阪医科大学教授鈴木廣一および筑波大学教授本田克也を鑑定人に命じ、本件半袖下着に付着していた体液と菅家氏から採取した血液などの各DNA型を明らかにして、それらが同一人に由来するか否かを判定させた。その結果、菅家氏のDNAの型と、本件半袖下着から検出された男性のDNAの型が一致しないことが判明した。そして、東京高等裁判所は、確定審の1審判決および控訴審判決が菅家氏を本件の犯人であると認定した根拠は、(1)前記各DNA型が一致したことと、(2)菅家氏の1審公判廷および捜査段階における自白供述が信用できることに集約でき、確定審判決が挙げるそれ以外の根拠は、菅家氏が本件の犯人であることと矛盾しないという証明力を持つに過ぎないとした上、鑑定により新たに判明した、DNA型が一致しないという前記事実からして、菅家氏が本件犯人ではない可能性が高いばかりか、菅家氏が有罪とされた根拠の一つである菅家氏の自白の信用性にも疑問を抱かせるに十分であり、結局、菅家氏が犯人であると認めるには合理的な疑いが生じているとして、平成21年6月23日、原決定を取り消した上、本件について再審を開始する旨の決定をした。
以上のとおり、本件では、(1)DNA型鑑定、(2)菅家氏の自白の2つの証拠を重要な証拠として、菅家氏が犯人であると認定されたものであるから、以下、これらの証拠との関係で新証拠を踏まえて順に検討する。
第2 DNA型鑑定について
1 鈴木鑑定
(1)鑑定の経過および結果
前記のとおり、再審請求抗告審において、東京高等裁判所から鑑定人に命じられた鈴木教授は、平成21年1月23日から同年5月6日まで、本件半袖下着のうち、当時のDNA型鑑定の際に切り取られている数カ所の中心点をつないで左右に切り分けた形でこれを二分したものの一片について、これに付着する体液と菅家氏から採取した血液などの各DNA型の鑑定を行った。
鈴木教授は、(1)多型性の程度、(2)検査の精度、(3)検査するDNA型の数、(4)総合的識別精度、(5)検査技術の水準、(6)検査時間、(7)検査コストなどを総合的に考えて作られた検査試薬と解析装置が、「商品」として世界中でほぼ独占的に販売され、「標準化」されていることを理由に、本件における鑑定の目的を達するのに現時点で最適な検査方法として、DNA型のうち、4個の塩基が単位となって反復しており、MCT118部位に比べ、その反復単位である塩基個数が短い、STRの検査を行った。具体的には、鑑定試料から抽出したDNAを市販の検査キット(Identifiler,MiniFiler,Yfiler,PowerPlexSE33)を使用してPCR増幅し、これをキャピラリー電気泳動法を用い、複数のSTRを自動化された解析装置で検査して型解析を行う方法で進められた。
その結果、常染色体上の16個のSTRで14個の型が異なり、Y染色体上の16個のSTRで12個の型が異なっており、両試料はともに男性のものであるが、同一の男性には由来しないと判断された。
(2)信用性
鈴木鑑定は、科学技術の進歩と普及により、世界中どこでも、同じ装置と同じ試薬キットを必要な知識と経験に基づいてマニュアルの記載どおりに使えば同じ結果を得ることができるという意味の標準化が達成された検査方法に基づいて実施されており、鑑定人および鑑定補助人は、3人ともDNA多型学会設立時から20年近い会員歴をもち、DNA多型の研究と実務検査に従事してきており、本鑑定に用いられた鑑定方法に習熟している。検査技術の精度は、DNA配列それ自体を決定する解析装置の精度によって保証されており、第三者による鑑定の正確性の事後的な検証可能性も確保されており、その鑑定の経過および結果について、検察官および弁護人いずれからも特段の疑義は提起されていない。これらの事情に照らすと、鈴木鑑定は十分信用することができる。
(3)小括
以上のとおり信用できる鈴木鑑定の結果によると、本件半袖下着から抽出された男性由来のDNA型と菅家氏のDNA型が異なるところ、その抽出部位などに照らせば、前記男性由来DNAは本件犯人の精液から抽出されたものと認めるのが相当である。したがって、この事実自体、菅家氏が本件の犯人でないことを如実に示すものである。
2 本件DNA型鑑定の証拠能力
弁護人は、本件DNA型鑑定については、前記最高裁判所決定(平成12年7月17日第2小法廷決定、刑集54巻550ページ)において、「(本件DNA型鑑定は)その科学的原理が理論的正確性を有し、具体的な実施の方法も、その技術を習得した者により、科学的に信頼される方法で行われたと認められる。(中略)これを証拠として用いることが許されるとした原判断は相当である。」として、その証拠能力が認められている。
(2)しかし、当審で取り調べた前鈴木鑑定によると、検査した部位が異なるとはいえ、本件半袖下着から検出されたDNA型と菅家氏のDNA型とは一致しなかったというのであるから、これにより、本件DNA型鑑定は、その証拠価値がなくなったことはもとより、証拠能力にかかわる具体的な実施方法についても疑問を抱かざるを得ない状況になったというべきである。
そして、当審における各証人らは、本件半袖下着から検出されたDNA型と菅家氏のDNA型との一致を立証するために確定審に提出された、本件DNA型鑑定の鑑定書(第一審甲72号証)添付の電気泳動写真(写真16、17)に関し、次のとおり、その不鮮明さを指摘し、異同識別の判定について疑問を投げかけている。すなわち、前記鈴木教授は「はっきりとせず、なかなか判定できない」旨、前記本田教授は「電気泳動自体が完全に失敗している」、「PCR増幅方法の失敗がうかがわれる」などと指摘した上で、「これらの電気泳動像でバンドが一致していると判定することは絶対にできない」旨、それぞれ前記写真を実ながら当法判定で明確に証言しているところ、これらの証言は、いずれもDNA型鑑定に携わる専門的知識を有する者としての証言であり、その証言内容は十分首肯できるものである。のみならず、検察官請求の証人として当公判廷に出廷した警察庁科学警察研究所所長の福島弘文も、本件DNA型鑑定を擁護する観点からの証言を維持しつつも、前記写真を見て、これらの電気泳動像が不鮮明であることを認めた上、「普通であればやり直す」、「ベストではない、よくないバンドである」旨証言している。これらの証言は、本件DNA型鑑定を実施した技官からは、確定審において、「本件における異同識別の判定は、前記写真自体から直接行ったわけではなく、そのネガフィルムを解析装置で読み取り、補正、計算などの過程を経て行った」旨証言しており、前記福島証人も、当審で同様の証言をしている。しかし、確定審においても、当審においても、これらの証言にかかわるネガフィルムは証拠として提出されておらず、結局のところ、前記ネガフィルムが、解析装置で読み取る等の操作を経ることにより適正な異同識別判定ができるほどの鮮明さがあったか否か、全く不明というほかないところ、当審において、前記計算などの過程に係るデータなどとして、検察官ではなく弁護人から計算データが証拠として提出されたが、これらのデータは一部にすぎず、とうてい前記疑問を払拭(ふっしょく)するに足りるようなものではない。
(4)以上のとおり、当審で新たに取り調べられた関係各証拠を踏まえると、本件DNA型鑑定が、前記最高裁判所決定にいう「具体的な実施の方法も、その技術を習得した者により、科学的に信頼される方法で行われた」と認めるにはなお疑いが残るといわざるを得ない。したがって、本件DNA型鑑定の結果を記載した鑑定書(第一審甲72号証)は、現段階においては証拠能力を認めることができないから、これを証拠から排除することとする。
第3 菅家氏の自白について
1 自白の信用性について
まず、そもそも、前記の通り、鈴木鑑定の結果によると、本件半袖下着に付着していた男性のDNA型と菅家氏のDNA型は一致していないところ、この事実は、菅家氏の確定審における捜査段階および公判廷における自白を前提とすると到底説明がつかないものであるから、このような菅家氏の自白は全く信用できないものである。
2 自白の証拠能力について
(1)弁護人は、菅家氏の自白に証拠能力が認められないことについてるる主張しているが、当審での当事者の訴訟活動や証拠調べの状況を踏まえ、まず、平成4年(以下、特に記載のない限り月日の表記は「平成4年」のことをいう。)12月8日に行われた当時の宇都宮地方検察庁検事森川大司(以下「森川検事」という。)の菅家氏に対する本件についての取り調べ(以下「本件取り調べ」という。)について検討する。
ア 関係各証拠によれば、(1)本件取り調べは、第一審第5回公判期日(6月9日)と第6回公判期日(12月22日)の間に行われたが、それまでに第1回公判期日(2月13日)と第5回公判期日において被告人質問が行われており、菅家氏は、第5回公判期日までは、本件各公訴事実について否認したことはなかったこと、(2)森川検事は、第1回公判期日後も、別件についての任意捜査として宇都宮拘置支所に赴いて菅家氏の取り調べを行っていたが、本件取り調べの前日である12月7日、任意捜査として別件について取り調べを行っていたところ、菅家氏が、突如、自分は本件の犯人ではない旨の供述を始めたこと、(3)森川検事は、12月7日の取り調べにおいては、菅家氏の否認供述を追及するなどの取り調べはせず、もっぱら菅家氏の言い分を聴取するという態度に終始していたが、翌8日、当初予定していなかった取り調べを行うために宇都宮拘置支所へ赴き、菅家氏に対して本件取り調べを行ったこと、(4)森川検事は、本件取り調べにおいて、最初に菅家氏と少し雑談した後、本件について、本件DNA型鑑定の結果を持ち出すなどした上で、本件の犯人は菅家氏に間違いないのではないのかなどと追及する取り調べを行い、菅家氏が本件について否認から自白に転じた後になって初めて別件についての取り調べを開始したこと、(5)本件取り調べにおいて、森川検事が菅家氏に対し、黙秘権を告知したり、本件については公判中なので取調べに応じる必要がない旨や、本件取調べに応ずるか否かについて本件の弁護人と相談することができる旨を説明した事実は一切なく、また弁護人にも本件取調べを行うことについて通知したり、承諾を求めるなどは一切しなかったこと、(6)菅家氏は、12月11日に兄と面会して無実を訴え、兄は、これを受けて菅家氏がそれまでに家族あてに送っていた無実を訴える手紙を弁護人に届けたこと、(7)菅家氏は、本件取調べの約2週間後に行われた第6回公判期日における被告人質問で、裁判長及び森川検事からの質問に対しては本件を認める供述を維持していたが、その後、主任弁護人から、家族あてに自分が無実である旨を書いていた前記手紙の趣旨について尋ねられると、本件について無実である旨の供述をするに至ったこと、(8)しかし、菅家氏は、12月25日付でその供述を撤回する旨の裁判長あての上申書を作成し、第7回公判期日(平成5年1月28日)において、再び本件を認める供述に転じ、第9回公判期日(同年3月25日)の最終陳述でも本件を認める旨の供述をしていたこと、の各事実を認めることができる。
イ そこで検討するに、確かに、捜査官は、起訴後であっても、被告人に」対し、当該起訴に係る事実について、その公判維持に必要な取り調べを行うことはできる。しかし、このような取り調べは、刑事訴訟法の大原則である当事者主義や公判中心主義の趣旨を没却するおそれが類型的に高いというべきであるから、このような取り調べを行うに当たっては、捜査官には、前記のおそれを踏まえた慎重な配慮や対応が求められるというべきである。とりわけ、第1回公判期日後に当該起訴に係わる事実について被告人を取り調べる場合には、公判維持のための被告人からの聴取は、まさに当該公判において被告人質問をすることで足りるのが通常であって、あえて公判外で被告人の取り調べを行う必要性は低いといえる一方、当事者主義や公判中心主義の趣旨を没却するおそれはより強度なものになるといわねばならないから、捜査官による第1回公判期日後の当該起訴に係わる事実に関する被告人の取り調べが許されるのは、公判維持のためには被告人質問ではなく公判外での被告人への取り調べをするよりほかにないというような高度の必要性が認められる場合であって、かつ、捜査官が、被告人や弁護人に対して当事者主義や公判中心主義の潜脱とならないような慎重な配慮や対応(例えば、被告人および弁護人の承諾を得た上で取り調べを行うなど)を十分に行ったと評価できる場合に限ると解するのが相当である。
このような観点から本件取り調べについてみると、前記アの認定事実によれば、森川検事は、既に2度被告人質問が行われた後である第5回公判期日と第6回公判期日の間である12月7日に、菅家氏に対する別件の取り調べで菅家氏が本件について突如否認を始めたことから、その翌日に、本件について菅家氏を取り調べる目的で宇都宮拘置支所に赴き、菅家氏が本件の犯人なのではないかと追及する取り調べを行ったものであるところ、本件において、被告人質問ではなく公判外での取り調べによらなければ公判維持ができないという事情は一切認められないし、森川検事は、本件取り調べに際し、弁護人への事前連絡等を一切しておらず、また、黙秘権告知や弁護人の援助を受ける権利について菅家氏に説明するなども一切しなかったというのであるから、本件取り調べは、当事者主義や公判中心主義の趣旨を没却する違法な取り調べであったといわねばならない。
しかしながら、そもそも、第6回、第7回および第9回の各公判期日でなされた菅家氏の自白は、公開の法廷でなされたものであるところ、法廷には、訴追する側の検察官のみならず、公正中立な立場の裁判官に加え、被告人の権利を防御する弁護人が列席しているのであり、被告人としては、いつでも弁護人の援助を受けられる状態にある。そして法廷においては、被告人に対し、黙秘権が十分に保障されていることはもとより、黙秘権を行使せず供述する場合であっても、強制や威迫、不当な誘導等を受けない保障が刑事訴訟法等により制度的に確保されている。そうすると、このような特性を有する公判廷における自白については、捜査官において、殊更被告人の公判廷における任意の供述を妨げるような言辞を述べたり、公判外で拷問や脅迫が加えられるなどしてそのような状態が作出されたといった特段の事情がない限り、公判外の事情を理由として証拠能力が否定されることはないというべきである。そして、本件においては、弁護人が主張するところを踏まえてもそのような事情までは存在しないから、本件取り調べの違法は、その後の各公判期日における菅家氏の自白の証拠能力に影響は及ぼさない。
(2)次に、弁護人の主張のうち、捜査官が、本件DNA型鑑定の結果を菅家氏に告げて取り調べを行った点について、偽計の自白であるとする点について検討する。
確かに、前記のとおり、当審での取り調べの結果、本件DNA型鑑定は現段階では証拠能力を認めることができないものであることが判明した。しかし、関係各証拠によれば、捜査官は、これが菅家氏が犯人であることを示す重要な一つの客観的証拠であると評価した上で、そのようなものとして本件DNA型鑑定を菅家氏に示して取り調べを行ったと認められ、決して、証拠能力が認められない証拠であると認識した上で菅家氏に示したものでないことは明らかである。このような取り調べによって得られた自白が、偽計による自白として任意性が否定される自白にはならないというべきである。
もっとも、前記のとおり、結果的には本件半袖下着に残された体液のDNA型は菅家氏のDNA型と一致しなかったところ、関係各証拠によれば、取り調べにおいて捜査官からこれらが一致するとした本件DNA型鑑定の結果を告げられたことが、菅家氏が本件を自白するに至った最大の要因となっているということができる。したがって、この事情は菅家氏の捜査段階における自白の任意性には影響しないものの、その信用性は大きく影響する事情であると認められる。
(3)また、弁護人が自白の証拠能力について主張する点のうち、森川検事による本件取り調べ以外の起訴後の取り調べを問題とする点については、関係各証拠によれば、これらの取り調べは、いずれも、本件でなく別件についてなされた取り調べであって、別件の取り調べとの関連で本件に話が及んだというものにすぎず、何ら違法なものとはいえないし、その他の点については、いずれも確定審において自白の証拠能力に影響しない旨判断されたものであるところ、当審においてその判断を覆すに足りる証拠は提出されていないのであるから、結局、いずれも採用できない。
3 まとめ
以上のとおり、菅家氏の自白には証拠能力自体に影響する事情は見当たらないものの、鈴木鑑定という客観的な証拠と矛盾する点に加え、菅家氏が本件自白をした最大の要因が捜査官から本件DNA型鑑定の結果を告げられたことにあると認められ、結果的にこれが菅家氏の性格などからすると、むしろ、本件自白の内容は、当時の新聞記事の記憶などから想像をまじえて捜査官などの気に入るよう供述したという確定控訴審における菅家氏の供述に信用性が認められることなどの各事情を照らすと、菅家氏の自白は、それ自体として信用性が皆無であり、虚偽であることが明らかであるというべきである。
第4 結論
以上によれば、鈴木鑑定により、本件半袖下着に付着していた本件犯人のものと考えられるDNA型が菅家氏のDNA型と一致しないことが判明した上に、本件確定審で主な証拠とされた2つの証拠について、本件DNA型鑑定には証拠能力が認められず、自白についても信用性が認められず虚偽のものであることが明らかになったものであるから、菅家氏が犯人ではないことは誰の目にも明らかになったというべきである。
よって、刑事訴訟法336条により無罪の言渡しをすることとし、主文のとおり判決する。
























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