コンクラーヴェもどうやら無事に終わり、今回初めて中南米出身の方が選ばれました。といってもベルゴリオ枢機卿はイタリア移民の2世らしいので、国籍はアルゼンチンでも中身はイタリア人と言えなくもないですが・・・。しとらす的には欧州以外の選出はまだ先のことと予想していましたので意外な結果でしたけど、前回のコンクラーヴェの時にもラッツィンガー枢機卿に次ぐ得票はしていたとの情報も見かけました。

イエズス会出身の教皇は史上初、欧州以外の地域からの選出はシリア出身の第90代グレゴリウス3世以来1272年ぶりだそうです。イエズス会というと日本史的にはフランシスコ・ザビエル宣教師をすぐに思い出すところですが(ちなみにザビエル師はイエズス会の創設メンバーの1人らしいです)、今回の教皇名は『アッシジのフランチェスコ』から採ったのだそうです。カトリック信者でなくともクラシックファンなら30年前に小澤征爾さんが世界初演を指揮したオリヴィエ・メシアンのオペラ『アッシジの聖フランチェスコ』のことを連想される方もいるかと思います。でも‘フランシスコ’の名が今まで使われてこなかったのもちょっと意外ですね。イエズス会の方がフランシスコの名を採ったことについてはいろんな示唆がありそうで、それを考察してみるのも興味をそそられることではあります。

子どもへの性的虐待事件やらマネーロンダリングが暴露される(私が読んだ中でこういった本も→ジャンルイージ・ヌッツィ『バチカン株式会社~金融市場を動かす神の汚れた手~』)やらでカトリック界に難問が噴出している時節に76歳のご高齢の方が就任されるとなると真っ先に御体のことが心配になるのですが、長崎出身のしとらすとしてはユネスコの世界遺産登録を目ざす「長崎の教会群とキリスト教関連遺産」のこともありますので(興味のある方はぜひこちらのサイトをご覧ください→『おじいちゃんが建てた教会』http://www1.odn.ne.jp/tetsukawa/)、様々な懸案を処理しつつも、ぜひとも新教皇に長崎にお越し願いたいところです。長崎にはイエズス会所縁の「日本二十六聖人記念館 http://www.26martyrs.com/」もありますし。

まぁいろいろ考えだすとキリがないので、とりあえずここまで(苦笑)。



 

 

第266代目ローマ教皇にベルゴリオ枢機卿、教皇名はフランシスコ
【バチカン放送局 2013年3月14日】

1_0_673071第266代目のローマ教皇に、アルゼンチン出身のホルヘ・マリオ・ベルゴリオ枢機卿が選出された。教皇名はフランシスコ(ラテン語:フランチスクス、イタリア語:フランチェスコ)。新教皇をいだき、バチカンに集った信者たちは歓喜に包まれた。

新教皇の選出を告げる白煙がシスティーナ礼拝堂の煙突から上がった後、1時間以上経過した、午後8時すぎ、期待で胸をいっぱいにした聖ペトロ広場の群集の前に、新教皇の名を告げる役である、プロトディアコノのジャン・ルイ・トーラン枢機卿が大聖堂の中央バルコニーに現れた。

人々の割れるような拍手に、すぐに緊張と沈黙が続いた。

「皆さんに大きな喜びをお伝えします。私たちは新しい教皇をいただきました」

トーラン枢機卿のラテン語の告知に喜びに沸いた会衆は、その新教皇の名を知ろうと、バルコニーを見上げながら一心に耳を傾けた。

そして、いよいよ第266代目教皇に選出された枢機卿の名が厳かに告げられた。「ジョルジウム(ホルヘ)・マリウム(マリオ)・ベルゴリオ」。新教皇の名は「フランシスコ」。その瞬間、地響きのような人々の歓声が広がっていった。

十字架を先頭に、枢機卿らと儀式奉仕者たちを伴い、白スータンと短白衣を身につけた新教皇フランシスコがバルコニーに現れた。祝福のしるしをしながら、人々の割れるような拍手と歓声に応えた。

そして、新教皇は次のように第一声を述べた。

「兄弟姉妹の皆さん、こんばんは。
皆さんもご存知のように、コンクラーベの義務はローマ司教(教皇)を選ぶことです。わたしの兄弟なる枢機卿たちは、その教皇を世界の果てまで探しに行ったようです。しかし、わたしたちはここにいます。皆さんの歓迎に感謝します。ローマ教区の共同体、ありがとう。」

新教皇は、人々の歓迎に感謝を表し、何よりも先に前教皇ベネディクト16世のために祈りたいと述べ、皆と共に「主の祈り」「天使祝詞」「栄光唱」を唱えた。

続いて新教皇は次のように話した。

「これから司教と民の、愛のうちにすべての教会をまとめるこのローマの教会の歩みを始めましょう。それは兄弟愛と相互信頼の歩みです。いつもわたしたちのため、互いのために祈りましょう。全世界のために祈りましょう。そこに大きな兄弟愛がありますように。」

「今日からわたしたちが始めるこの教会の歩み、わたしを補佐するのは、ここにおいでのローマ教区教皇代理司教の枢機卿ですが、この歩みがこの大変美しい街の福音に実りをもたらすよう願っています。」

「今から祝福をおくりたく思いますが、その前に皆さんにお願いがあります。司教が民を祝福する前に、主がわたしを祝福してくださるように皆さんが祈ってください。それは司教の祝福を願う民の祈りです。沈黙のうちにわたしに対するこの祈りをしてください。」

そして、教皇フランシスコは、「これから、皆さんと全世界、すべての善意の人々に祝福をおくります」と述べ、教皇として最初の「ウルビ・エト・オルビ」(ローマと世界に向けた教皇祝福)をおくった。

********

新教皇フランシスコ(本名:ホルヘ・マリオ・ベルゴリオ)は、ブエノスアイレス大司教、イエズス会士。

1936年12月17日、ブエノスアイレスの生まれ。1958年、イエズス会入会。1969年、司祭叙階。1992年、ブエノスアイレス補佐司教。1997年、同協働司教。1998年、同大司教。2001年、教皇ヨハネ・パウロ2世によって枢機卿に任命された。

 

新教皇フランシスコの略歴【バチカン放送局 2013年3月14日】

教皇フランシスコ(ホルヘ・マリオ・ベルゴリオ)

1936年12月17日、アルゼンチン首都ブエノス・アイレスで誕生。

初め化学工学のデイプロマを取得したが、後、司祭職への召命に従い、ヴィッラ・デヴォート神学校に入学する。

1958年3月11日、イエズス会修練院に移り、イエズス会に入会。

1963年、チリにて人門学を修め、その後ブエノス・アイレスに戻り、サン・ミゲルの聖ヨゼフ学院で哲学の博士号を取得。

1964年から65年にかけて、サンタ・フェの無原罪学院にて、文学と心理学の教授を務める。

1966年、同じ学科をブエノス・アイレスのサルバトーレ学院で教える。

1967年から70年にかけて、サン・ミゲルの聖ヨゼフ学院神学部で神学を勉強し、神学博士号取得。

1969年12月13日、司祭叙階。

1970年から71年、スペインのアルカラ・デ・エナレスで第三修練を終え、1973年4月22日終生誓願を宣立。

1972年から1973年、サン・ミゲルのヴィッラ・バリアィで修練長、その後、神学部にて教授を務め、管区評議員、イエズス会学院の院長を歴任。

1973年7月31日、イエズス会アルゼンチン管区管区長に選出され、6年間の任期を務めた。

1980年から86年、イエズス会哲学・神学院院長およびサン・ミゲル教区のサン・ホセ小教区の主任司祭となる。

1986年3月、神学博士論文を完成するためドイツに赴く。その後コルドバのイエズス会教会の霊的指導者および聴罪司祭となる。

1992年5月20日、教皇ヨハネ・パウロ2世によりブエノス・アイレス補佐司教に任命される。

1997年6月3日、ブエノス・アイレス協働司教。

1998年2月28日、ブエノス・アイレス大司教クワラッチノ枢機卿没後、同大司教となる。

「修道者のための黙想」(1982年)、「使徒的生活考察」(1986年)、「希望についての考察」(1992年)などの著書を著す。

2005年11月から2011年11月まで、アルゼンチン司教協議会会長を務める。

2001年2月21日、教皇ヨハネ・パウロ2世により枢機卿に任命され、名義教会としてローマ市内の聖ロベルト・ベラルミーノ教会を与えられる。

2013年3月13日、教皇ベネディクト16世退位後のコンクラーベで、第266代ローマ教皇に選出され、教皇名フランシスコを名乗る。

 

新ローマ法王にベルゴリオ氏、初の南米出身者【CNN.co.jp 2013年3月14日】
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ローマ(CNN) 次期ローマ法王を決める法王選挙会「コンクラーベ」で13日、アルゼンチン・ブエノスアイレス大司教のホルヘ・ベルゴリオ枢機卿(76)が新法王に選出された。欧州以外の国から法王が選ばれるのは近代以降初めて。ベルゴリオ枢機卿は「フランシスコ1世」を名乗り、同日、バチカンにあるサンピエトロ大聖堂のバルコニーに姿を見せた。

コンクラーベは12日から始まり、2日目の13日にベルゴリオ枢機卿が選出されるまで、5回の投票が行われたもようだ。フランシスコ1世はサンピエトロ広場に詰め掛けた15万人あまりの信者らを前に、「コンクラーベの職務はローマの司教を選ぶことだ」「兄弟たる枢機卿たちは遠方からの人物を選んだようだ。それが私だ。あなた方の支持に感謝したい」と語りかけた。

フランシスコの名は、イタリアの聖人「アッシジのフランシスコ」に由来する。世界のカトリック信者12億人の指導者として、聖職者による性的虐待、教会関係者の汚職、バチカン銀行が絡むスキャンダルといった難題に取り組む。

ベルゴリオ枢機卿は率直な人物として知られ、カトリック教会の中で最も保守性の強い派に属する。アルゼンチンでは同性婚や避妊具の無料配布に反対する立場から、フェルナンデス政権と対立してきた。

ブエノスアイレスでイタリアからの移民の家庭に生まれ、貧困層の代弁者として知られる。大司教時代も公邸ではなく集合住宅に住んで、運転手付きのリムジンは使わずにバスで通勤。食事は自分で調理していたという。

信者の前に初めて登場したフランシスコ1世は、これまでの伝統に反して、信者を祝福する前にまず、自分のために祈ってほしいと呼びかけた。ローマ法王庁の広報はこれについて、「慣例に従わない法王に腹を立てる人たちもいるかもしれない」と指摘。新法王がこれまでとは違う独自のやり方を取る意思を示したものと受け止めている。

前ローマ法王のベネディクト16世にはフランシスコ1世自らが電話したという。ベルゴリオ枢機卿は、ベネディクト16世が選ばれた2005年4月のコンクラーベにも出席しており、この時の次点候補だったと伝えられている。

フランシスコ1世は14日夕に枢機卿らとともにシスティーナ礼拝堂でミサに出席し、17日には伝統にのっとって祝福をささげる。19日のミサで正式にローマ法王に就任する予定。国連の潘基文(バン・キムン)事務総長やオバマ米大統領も歓迎の談話を発表した。

バチカンに詳しい専門家は、ベルゴリオ枢機卿がフランシスコの名を選んだことは「大きな驚き」であり、「前例を打ち砕く」ものだと指摘する。この名には「貧困、謙遜、率直さ、カトリック教会の再建」の意味が込められているという。

〔※写真:新ローマ法王フランシスコ1世がサンピエトロ大聖堂で群衆に語りかける様子〕

 

南米初の新法王 選出の背景と課題とは?【ニュースフィア 2013年3月14日】

 前法王ベネディクト16世の生前退位を受け、115名の枢機卿から次期法王を決める「コンクラーベ」が開かれた。2日目となる13日午後7時ごろ、サンピエトロ広場を埋め尽くす信者たちの目の前で、システィーナ礼拝堂の煙突から、新法王決定を告げる「白い」煙が上がった。
 その1時間余り後、法王庁のバルコニーに、枢機卿団代表のジャン・ルイ・トーラン枢機卿が進み出、伝統にのっとって、「ハペムス・パパス(我らは法王を得た)」とラテン語で告げた。フィナンシャル・タイムズ紙の報によれば、その後、新法王の俗姓と「フランチェスコ1世」という法王名が紹介されると、予想外の人選に観衆は一瞬静まったという。しかし、76歳のアルゼンチン人で、ブエノスアイレス大司教のホルヘ・マリオ・ベルゴリオ枢機卿が、自身も驚いたような表情を浮かべ、伝統的な白い法衣姿で現れると、観衆は大きな歓声で新法王を迎えたという。

【選出直後の模様】
 イタリア移民を父に持つフランチェスコ1世は、出自にふさわしく、かすかにスペイン語訛りのイタリア語で、「コンクラーベは(法王を兼任する)ローマ司教を選ぶ場なのに、我が同胞の枢機卿たちは世界の果て(アルゼンチン)まで探しに行ってしまったようです」とユーモア混じりに演説し、観衆の笑いを誘った。前法王への祈りを捧げ、友愛と愛と祈りに満ちた前途と、互いと世界のための祈りを呼びかけ、最後には、降りつのる雨にずぶ濡れになりながら、身動きもならないほど混んだ広場で新法王を待ち続けた民衆に、「おやすみなさい。ゆっくり休んでください」と平易な慈愛の言葉を投げかけた。その様子は、就任直後に下手なイタリア語を詫びながら信者に語りかけたヨハネ・パウロ2世を彷彿とさせたという。

 オバマ大統領は、世界中の他の指導者に先駆け、「貧しく、もっとも弱き者の擁護者であり」「初の、アメリカ大陸出身の法王である」フランチェスコ1世の前途を祝すと共に、米大陸の活力を示すものだという声明を発表した。

【新法王の課題】
 簡素、質素な生活を好み、アルゼンチンのアパートで自ら料理をし、公的な交通手段で移動するのを旨としているというフランチェスコ1世は、その朴訥な人柄で民衆の心を掴んだに思われる。
 しかし、新法王が直面する課題は大きく、重い。ここ数年で噴出した、聖職者による未成年者への性的虐待問題や内部文書流出事件などのスキャンダルへの対応や、権力闘争に揺れる教皇庁の改革、イスラム教や中国との関係改善、資金洗浄対策への強化など、枚挙に暇がないと伝えられる。
 ウォール・ストリート・ジャーナル紙は、バチカンの中央での経歴を持たない法王が、手腕を振るえるかどうかがカギだと報じた。

 しかしその点については、しがらみがないからこそ思い切った改革に打って出られるのでは、という希望的な見解も少なくないようだ。新法王に求められているのは、内部抗争に明け暮れるイタリア人の「巣窟」としばしば名指しされる教皇庁で、効率的な中央集権性を残しつつ、地方分権を進めて、他地域に開かれた教会にすることだと、ニューヨーク・タイムズ紙は分析した。「馴れ合いの慣習を一刀両断にできる「思い切り」があれば難しいことではない」と識者は指摘し、同時に、「カトリック協会がアラム語の時代に、(対立主言語の)ギリシア語を学び、ラテン語の時代にケルト語を学んできたのだとしたら、今、「中国語」を学ばずして明日はない」と厳しい注文を突きつけたという。

【新法王選出の背景】
 5回目の投票での法王決定は、歴史的に見れば非常に早いとされる。通常、前任者の死という不慮の事態で幕開けするのに比べ、生前退位の今回は、枢機卿団が余裕をもって人選に臨めたことが一因とされる。

 礼拝だけの場所ではなく外向きの活動を行う教会を目指す進歩性を持ちつつ、同性愛や妊娠中絶や安楽死といった社会問題については保守的で、典型的な教会の見解を守るバランス感覚。父方の血筋からイタリアに親和性を持ち、今や欧州をはるかに超える信者を抱える米大陸の出身であり、もっぱら「学者タイプ」と評された前法王に比べ、実際的で親しみやすいと伝えられる人柄。そうした人物像が、改革の手腕を期待される新法王にふさわしかった—-意外な抜擢の背景には、そうした事情が垣間見えるという。

 

第266代目のローマ法王:「世界の果てから選ばれた」、フランシスコ法王
【swissinfo.ch:里信邦子&鹿島田芙美 2013年3月14日】

第266代目のローマ法王が13日夜、選出された。今後「フランシスコ」と呼ばれる新法王は、アルゼンチン出身でブエノスアイレス大司教を務めていたホルヘ・マリオ・ベルゴリオ枢機卿(76)。法王はスピーチの第一声で「枢機卿たちは、世界の果てまで私を探しに行ったようだ」とユーモアを交えて話した。

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〔※写真:父親が鉄道会社に勤務していた、ごく普通の家庭の出身。ドストエフスキーやホルヘ・ルイス・ボルヘスを愛読しているといわれている (Reuters)〕

 サンピエトロ広場に集まった人々が一瞬静まり、ベルゴリオ枢機卿の名前が発表された瞬間、スイス国営放送(SRG/SSR)テレビやフランスのテレビの解説者たちから「今、誰と言った?よく聞こえなかった」という言葉が思わず口をついて出た。その後「いずれにせよ、有力候補でなかったことは確かだ」と付け加え、ようやくベルゴリオ枢機卿と確認した。

 それほど、この選出は意外なできごとで、解説者は続いて「法王選出では毎回『意外』なことが起こるが、今回もそうだった」と話した。

アッシジの聖フランチェスコ

 意外さの一つは、南米から法王が選ばれたことだ。「しかし、これは素晴らしい選択だ。なぜなら世界のカトリック信者の4割がこの地域に住んでいるからだ」とスイスのカトリック州であるヴァレー/ヴァリスのベルナール・ブロッカー副司教は、無料日刊紙20ミヌーテン(20Minuten/20Minutes)のインタビューで話している。

 さらに、フランシスコ法王が厳格なイエスズ会の司教であることも「意外」である上、法王自らが選んだ法王名「フランシスコ(フランチェスコ)」も初めてのことと話題となった(この名はフランス語で「フランソワ」、ドイツ語で「フランチスクス」)。

 また1世は付けないようにすると、14日朝のスイスの外電(SDA/ATS)は伝えているが、いずれにせよ、この名がアッシジの聖フランチェスコにちなんでつけられたと多くのメディアが解説している。「普通イエズス会員であれば、イエズス会の創設者にちなんだイグナチウスという名前になるのだと私は予想していた」と、次期法王候補の1人だったスイスのクルト・コッホ司教は同外電中で話し、「アッシジのフランチェスコから取ったフランシスコという名前は、慎ましさ、謙遜、喜びを意味する」と付け加えた。

 また、アッシジの聖フランチェスコは教会を立て直したことでも有名で、コッホ司教は「(この聖人と同じく)、教会の未来に重要な対策を取ることを期待する。ただ、フランシスコ法王は独自の方針を見出すべきだ」と指摘した。

思想的には

 なお、他の外電(AFP)によれば、フランシスコ法王は、言葉数が少なく温和な性格。アルゼンチンの信者からは「質素な生活を送り、また全身全霊で信者に対応する」と支持が高い。

 思想的な面では、2010年に同性愛者の結婚を認めるアルゼンチンの法律に断固として反対の意を表明。また一方で2012年、結婚をしていないカップルから生まれた子どもの洗礼を拒否した神父を、「欺瞞(ぎまん)だ」として強く批判している。

 中庸で改革派といわれれている新法王に対し、ドイツ語圏の日刊紙ターゲス・アンツァイガー(Tages Anzeiger)は、「このブエノスアイレスの枢機卿は、貧しい人のために尽くす新しい世代の南米の枢機卿だが、非イデオロギー的」と解説した上で、こうも言っている。「このアルゼンチン人が選ばれたのは、また他の理由で驚きに値する。イエズス会トップのベルゴリオ枢機卿が、軍事政権下のアルゼンチンでどのような役割を果たしていたのか、いまだに解明されていないからだ」

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