茂山千作さんへのインタビュー記事

2007年9月21日 23:00
by しとらす

茂山千作さんへのインタビュー記事が毎日新聞にありました。今年で米寿の千作さん、お体の方がやや心配ではありますが、ひ孫さんとの「以呂波」もありますし、まだまだ元気に現役で頑張っていただきたいですね。



特集ワイド:この国はどこへ行こうとしているのか 茂山千作さん
【毎日新聞 2007年9月21日 東京夕刊】

 <おちおち死んではいられない>

 ◇朗らかな笑いで幸せを--狂言師・87歳、茂山千作さん

 ◇ややこしい時代やから皆さんが喜ぶように努力しないと

 「年がいって耳も聞こえません。質問は大きな声でお願いいたします」。人間国宝が深々と頭を下げるものだから、こちらも思わずテーブルに頭をすりつけた。京都の御所近くにあるご自宅の応接室。8畳ばかりの洋間に現れた茂山千作さんの朗々と響く声の大きさ、そして深さにまず驚かされた。

 狂言界の頂点にいる人間国宝。本名は七五三(しめ)。江戸時代から続く大蔵流茂山千五郎家に生まれた。47歳で十二世千五郎を襲名、74歳で隠居名の千作を名乗った。

 東京・国立能楽堂で8月19日、千作さん演じる狂言「萩大名」を拝見した。教養が少々足りない田舎大名が、都で歌詠みを求められ、右往左往するという話。弟の千之丞さんによると「兄貴の代表作」でもある。幕が上がり、橋掛かりに千作さんが現れると、一瞬、能楽堂の空気がピンと張りつめた。

 千作さんが舞台に立つだけで、豊かな笑いが生まれる。爆笑や微笑でもなければ、苦笑や冷笑でもない。素直で、底抜けに朗らかな笑い。この人を拝むだけで幸せになるというファンも多い。まるで「福の神」だ。

 「涙流して愁嘆場を作ってというような狂言は、そないありません。だいたい朗らかな笑いですね」。目の前の福の神は、にこにこと笑う。

 「狂言の笑いには大中小、3種類の笑いがあります。さて、初めは小の笑い」

 くい、と口角を上げ、「はーっはははははは」。

 お次は、中の笑い。声が伸びやかに広がる。「はぁああーーーははははは」

 そして最後は大笑い。千作さん、胸を張り、カッと口を開けたかと思うと、「はーーーーーーはーーーーはーーーーーーーーーーーーはははははは」。

 その一瞬、ソファに座る千作さんが、6メートル四方のあの狂言舞台に立っているかのような錯覚に陥った。間近で見る人間国宝の芸に圧倒される私とカメラマン。それを尻目に、千作さんは素顔に戻ると、すました顔で付け加えた。「とまあ、3種類に分けて笑うわけです」

    ■

 千作さんの芸はよく「天衣無縫」と形容される。その活躍の場は狂言の枠に収まらない。若いころは千之丞さんと2人、伝統劇を革新しようと、女優や他流派狂言師と共演し、歌舞伎やテレビドラマにも出演した。能楽協会で物議を醸し、除名騒ぎもあったほどだ。

 今年米寿の千作さん、次はなんと声優デビューする。日本を代表するアニメーション作家、山村浩二監督の「カフカ 田舎医者」(11月レイトショー)で、主役の田舎医者役の声を務める。原作はカフカの「田舎医者」。現実と芸術との二つの世界の間で引き裂かれたカフカ自身の葛藤(かっとう)が描かれている、など数々の解釈のある作品だ。

 「ぱーっとここで怒ってくれとか叫んでくれとか、監督さんの言わはる通りにやっただけ。あれで良かったかどうか知りませんけど、監督さんが結構やと言わはるさかいに。狂言のからっとした笑いとは違う世界でしたね。じめっとしてて」

 千作さんは飄々(ひょうひょう)というけれど、福の神とカフカとは、なんとも不思議な取り合わせ。試写用DVDを拝見し、仰天した。

 千作さんの重々しい声に、雪原を行く田舎医者の叫びや葛藤がにじんでいた。不条理、苦悩、そして悲しみの先にこそある人間の滑稽(こっけい)さ……。「狂言師千作」の底抜けに朗らかな笑いを支えるものの深遠さを、垣間見た気がした。

    ■

 インタビュー中で一度だけ、千作さんの表情が曇り、体まで縮こまって見えた瞬間があった。戦争体験に話が及んだ時のこと。海軍では真珠湾攻撃にもかかわったという。「4年半でしたけど、悲惨なことをいろいろと体験しました」。だから今も戦争映画は見る気になれない。「昔を思い出すしね、私らが覚えてることと、ちょっと違うこともありますさかいね。つらいから見やしませんねん。へへへ」

 おしまいの「へへへ」が、いつもの狂言の笑いと違って、たいそう悲しげなのだった。

 「最近のニュースとかも見ますけど、いい話がありませんな。子が親を殺してみたり、親が子を殺してみたり、大臣にならはった途端に悪いことが見つかってみたり、それを隠してばれたら辞めてしまったり」。ため息交じりに言うと、一言でばっさり。「こんな世の中、私、嫌いやのでねえ……」

 ところで今回のインタビューのタイトルのことですが。

 「ああ、『死んだら……』なんとかいうやつ?」

 いえいえ、おちおち死んではいられない、というのです。

 「そうやそうや。『死んだら』じゃ困るわな。しかし、えらいタイトルやなあ。『死んではいられない』ような責任があるとまでは考えてませんけど、やっぱり死ぬまで狂言をやらせていただいて、皆さんに朗らかな気持ち、幸せな気持ちになってもらえるよう、努力したいと思ってますのや」

 さらに、この国の行方について。「まあ、心配ですわな。安倍はんは美しい国をやってはりましたなあ。それになったらええなあ、と思いますけど。ややこしい時代やからこそ、狂言の朗らかな笑いをお見せしてねえ……ははは。まあ、記事は適当に書いてください」

 結局、何を尋ねても、すべての答えは狂言の「笑い」の中。まいった、まいった。

    ■

 好きな言葉は「笑う門には福来る」。ところで、笑ったら本当に幸せが来ましたか?

 千作さん、一瞬、目を白黒させた後、ほっほっほと高笑い。「笑い方が上手で良い狂言をしてるさかいに、お客さんも喜んでくれたし、いろんな褒美ももらいましたんでしょうな」

 朗らかな気持ちで狂言をするから、朗らかな狂言になる。朗らかな狂言をするから、気持ちも朗らかになる。笑い、笑わせるから幸せが寄ってくる。なんだか、すごい人生だ。

 新聞はたくさんの悲しい記事と少しの喜びの記事でできていて、一番苦手なのが「笑い」なのかも。帰り際、千作さんの家の屋根を見あげると、彼や息子の十三世千五郎さんが大ファンという阪神タイガースの旗が、京都の空にパタパタとはためいていた。からりと朗らかで、だけど薄っぺらではない笑いを、いつか私も書けるだろうか。【小国綾子】

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