嵯峨釈迦堂の梅が咲いてました!

久々のオフなのに、あいにくの曇り空 (´・ω・`)
それでも気になったので、嵯峨釈迦堂こと清凉寺に行ってみました。

・・・・・・

ウメノハナキテタ━━━(゚∀゚)━━━!!!

というわけで、曇り空でうまく撮れてませんがどうぞ↓
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京都御所と嵯峨釈迦堂の梅の花は?

用事ついでに京都御所の梅の様子を見てきました。

花が咲いていた木はわずかで、やっぱりまだ早いかなぁいう印象です。
ピントが合ってなくてすみません m(_ _)m
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岩城宏之 conduct オール武満プログラム・・・京響 第485回定期

 今年は武満徹さんの没後10周年にあたるので(1996年2月20日に亡くなられてますから今日がちょうど2日違い)、岩城さんも思い切ってオール武満プロを組まれたようです。曲ごとにオケの配置が替わるので、その都度幕間の時間繋ぎがてら岩城さんのトークがあったのですが、プログラムに解説を書いた人に向かって、まぁ文句を言うこと言うこと(爆)。岩城節炸裂なのですが、悪いのはちゃんと調べないまま書いた方にあると思うので仕方ないですね。生前の武満さんと深い親交があり作品も積極的に内外で採り上げてきた岩城さんから見れば穴だらけだったんでしょう。

 しとらすはそれほど武満作品に親しんでるわけではないですが、エッセイでもたまに見かける毒舌を生で聞けてよかったです(笑)。その彼曰く「今日は初期・中期・後期から曲目を選んでみました」とのことですので、曲名の後に作曲年代も記してみました。ちなみに「夢窓」は京響初演だそうです。京都信用金庫が創立60周年を記念して3人の作曲家に「京都」をテーマに新作を委嘱したのだそうで、武満さんの「夢窓」の他はトリスタン・ミュライユ「シヤージュ(航跡)」とマリー・シェーファー「香を聞く」。この3曲を『交響的三部作“京都”』として小澤征爾さん指揮!の京響が1985年9月9日に京都会館で世界初演したそうで・・・へぇ~へぇ~へぇ~。翌日には東京の昭和女子大学人見記念講堂でも演奏され、このとき録音もなされてレコード化されたらしいのですが・・・今じゃ手に入りっこないわな・・・。

京都市交響楽団 第485回定期演奏会
2006年2月18日(土)18時開演@京都コンサートホール

◆武満徹 弦楽のためのレクイエム [1957]
◆武満徹 ノヴェンバー・ステップス [1967]
(休憩)
◆武満徹 夢時(Dreamtime ゆめとき) [1981]
◆武満徹 夢窓 [1985]
(休憩)
◆「系図」~若い人たちのための音楽詩~ [1992]
  〔※岩城宏之による室内オーケストラ向け編曲版〕

指揮:岩城宏之
コンサートマスター:工藤千博
尺八:三橋貴風(ノヴェンバー・ステップス)
琵琶:首藤久美子(〃)
ギター:佐藤紀雄(夢窓)
ナレーター:吉行和子(「系図」)
アコーディオン:山岡秀明(〃)

 没後10年でも定期でこうしたプログラムを組んでくれるオケは少なくとも関西では他にありませんので(特に大フィルなんて絶対にやらないだろうな・・・)、とてもありがたいチョイスでした。「弦楽のためのレクイエム」や「ノヴェンバー・ステップス」あたりはFMとかで聴いたことはあるのですが生では初めてでしたし、京響のサウンドの特性がわりと邦人作品に向いているのと岩城さんが武満作品を得意にしているのと相まって、生で味わう“タケミツ・トーン”を存分に堪能できましたし、どれもいい演奏でした。

・・・うん、4曲目までは・・・

 最後の「系図」(オリジナルはニューヨーク・フィル創立150周年委嘱作品で大編成オケ用なんですが、詩の雰囲気に合わせたいからと武満さんの死後に岩城さんが武満夫人の了解をとって小編成オケ向けに編曲したとか)、谷川俊太郎さんの『はだか』という詩集の中から武満さんが

1.むかしむかし
2.おじいちゃん
3.おばあちゃん
4.おとうさん
5.おかあさん
6.とおく

という6篇の詩を選んで曲をつけたんだそうです。詩は歌うのではなく朗読されるようになってて、いずれも家族をモチーフにした少女の1人称で書かれた詩のためか武満さん自身は「12歳から15歳の少女による朗読」とされたようなのですが、今日の朗読はお母さん世代どころかおばあちゃん世代?にあたる女優の吉行和子さんでした(実際の演奏会でも大人の女性が務めることが多いそうですね)。
 で、女の子の語りという設定ですので詩自体が平易な言葉遣いで書かれてますし、曲もそれに合わせてか旋律など親しみやすい曲調になっているのですが・・・なんなんですか、このどこか哀愁が漂っててひたすらに美しいのは・・・曲が半分もいかないうちから涙が出てきて止まりませんでしたよ・・・。吉行さんの朗読も京響の演奏も、何故こうも泣かせてくれるんだか・・・。これ以外に感想なんて書けません。

 そんなわけで、大変に貴重な体験をさせていただきました。岩城さんと吉行さんと京響のみなさん、ありがとう。

4ヵ月後の追記:
2006年6月13日、岩城さんが心不全で亡くなられました。享年73歳。しとらすにとって岩城さんの指揮はあの京響2月定期が最初で最後になってしまいましたが、その1回で貴重な体験をさせていただきました。謹んで御冥福をお祈りいたします。

井垣康弘/少年裁判官ノオト

発売に合わせてでしょう、ちょうど新聞でも採りあげられましたので、ここでも紹介したいと思います。

井垣康弘『少年裁判官ノオト』【日本評論社、2006年刊】

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《内容》
ある日、型破り判事の元に回されてきた「少年A」の事件。「酒鬼薔薇聖斗」の心の闇をさぐり、被害者の思いを受け止め苦悩した日々。初めて綴る、少年院本退院までの7年5ヶ月、そして少年審判改革。「少年審判改革判事」のターニングポイントとなった、あの事件。少年、親、調査官、弁護士、教師、裁判官、そして被害者・・・少年審判にかかわる全ての人が情報を共有し、解決に向け知恵を出し合う少年審判改革とは?退官してもなお、少年たちの立ち直りのため東奔西走する著者の、ユニークな少年審判のすべてを公開。

著者の井垣さんは裁判官を昨年退官されたそうですが、その直前に喉頭ガンに罹ってしまい声帯を除去したとか・・・現在は大阪で弁護士をされてるそうです。

閉塞感漂う日本の司法の、改革と市民社会への開放を進める目的で作られた『日本裁判官ネットワーク』[http://www.j-j-n.com/]の中心の1人でしたし、法律家としてだけでなく1人の人間としても大変優れた方でした。

もう随分前に1度だけ酒席でご一緒させていただいたことがあるのですが(アフター5でですので誤解しないでくださいね・笑)、職業上の繋がりが一切無い私たちの酒飲みついでのヨモヤマ話に、楽しそうに交じっている姿が印象的でした。

最高裁と政府にしか目を向けていない大多数の裁判官には持ち得ない見識と経験を豊富にお持ちですので、健康の許す範囲で後進のために、これからも今回出版の著書のような何らかのカタチで、その豊富な見識と経験を残していただければと思います。

加害少年との7年余、元裁判官が本に 神戸児童殺傷事件
【朝日新聞 2006年2月13日】

 神戸市で97年に起きた児童連続殺傷事件で、当時14歳だった加害男性の少年審判などを担当し、7年5カ月見守り続けた井垣康弘さん(66)がその思い出などをつづったエッセー「少年裁判官ノオト」(日本評論社)が13日、出版された。

 昨年、裁判官を定年退官した井垣さんは、現在は弁護士として少年問題に取り組んでいる。本の中から14歳だった加害男性の部分を拾うと――

 医療少年院へ収容された男性に1年に1度のペースで面会を重ねた。最初の視察では「断固として裁判官たちには会いません!」と断られたが、その後の少年の心境の変化をこう記している。

 〈自分にかかわってくれた人たちが「とにかく、生きなさい」というメッセージを与え続けてくれていた。そのとき、「死んでしまいたい」と思っていた自分は一年以上もうらみ続けていたけれども、言い続けてくれたことについて、心から感謝したい〉

 少年院で被害者遺族が出版した本を繰り返し読んだ男性は、〈その悲しみや痛みをもっとわかるよう、もっと近づいていけるよう日々努力したい〉と決意するまでになったという。

 02年7月、収容継続を決定した審判の席で男性が語った言葉も次のようにつづられている。

 〈先日、母親から『淳君を殺したのはお前だね』と問われ、「もちろんそうだ」と答えたが、母親が『いままで、親である自分の口から一度も尋ねてあげる機会がなくてとてもつらかった』というのを聞いて、僕は、『母親というものはそんな思いで生きているものなのか』と初めて知って、わだかまりが消えた〉