老将・片山九郎右衛門&老僧・宝生閑:人間国宝同士の競演

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2005年:大槻能楽堂自主公演能・定例公演
11月4日(金) 18時開演@大槻能楽堂

◆大蔵流狂言「無布施経」
  シテ:茂山千之丞、アド:茂山千五郎

◆観世流能『実盛』
  シテ:片山九郎右衛門、
  ワキ:宝生閑、ワキツレ:宝生欣也・御厨誠吾、
  アイ:茂山忠三郎、地頭:大槻文蔵、
  笛:野口傳之輔、小鼓:久田舜一郎、
  大鼓:河村総一郎、太鼓:三島元太郎

ここ大槻能楽堂の自主公演はまだ良い方なのですが、なんでお能の公演は勤め人に厳しい日時にあるのが多いんでしょう・・・昔からの慣習には反するのでしょうが、現代のライフスタイルに合わせた公演時間とプログラムを組んでもらって、仕事帰りにでも気軽に見れるのがあればなぁと思うのですが・・・。

以上、小市民のただのグチでした(苦笑)。

そんなこんなで、着いた時にはもう狂言が始まってました。
千之丞さん大好きなんで、最初から見たかったです ・゚・(つД`)・゚・

ちょうど千之丞さん扮するお坊さんが「なーむなむなむ、ナームナムナム」といかにもインチキくさそうにお経を唱えているところでした。「無布施経」は‘ふせないきょう’と読むのですが、ちょっと欲張りそうなお坊さん、せっかく読経が済んだのに、毎月もらえるはずのお布施が出ません。何とか檀家さんにお布施のことをを思い出させようと、あの手この手で‘フセ’の二文字をアピールする、というものです。

お経を読む時より真剣にいろいろ手立てを考えて、やっと気づいてもらったら今度は見栄を張ってわざと素直には受け取ろうとせず、最後には策を弄したのが檀家さんにバレて睨まれてしまうのですが、「地でやってるでしょ?」と思いたくなるくらい千之丞さんが自然な感じで演じてるのがいつもながら見事で、千五郎さんのボケぶりもよかったです。

次の『実盛』ですが、シテに片山九郎右衛門さん、ワキに宝生閑さんなんて、まさにゴールデンコンビなのではないでしょうか。入場時にパンフレットで、各場面毎の簡単な説明と、主要な部分の謡の言葉が印刷されたものを渡されたので、これが観賞にとても役立ちました。こういうサービスをもっとしてくれたらいいのにと思います。初心者にはこういうのがとてもありがたいと思いますが・・・。

あらすじは、まず前半が、遊行上人が加賀国の篠原で連日説法をしていると、一人の老人が毎日熱心に聴聞に来ていて、上人が老人に名を尋ねてもなかなか明かさないが、強いて尋ねると周りの人を遠ざけた後、自分こそ二百余年を経てなお成仏できずにいる(篠原の戦いで木曽義仲の部下に討ち取られた平家方の有名な武将である)斉藤別当実盛の幽霊であると明かして消え失せる、いうところまで。後半は、上人が実盛を弔うために念仏を唱えていると、白髪の老武者姿の実盛が現れ、上人が念仏を唱えて供養してくれたことに感謝しつつ、篠原の戦いにおける錦の直垂を拝領しての出陣の様子や手塚太郎に討ち取られた修羅の様子などを物語り、重ねての回向を上人に頼んで消え去る、というものです。世阿弥の作だそうです。

宝生閑さんは以前1度拝見しただけですが、役が完全にはまりきってるのは言うに及ばず、ただ立って声を発するだけでも滲み出てくる圧倒的な存在感と迫力に、「これがワキ方というものなのか!」と認識させられた記憶があります。息子の欣也さんも素人目にでもわかるほどの実力派で、親子で地盤を東京から京都に移してくれたらと願ってるほどなのですが(笑)、まあ、そういう方が遊行の役、そして斉藤実盛役が片山九郎右衛門さんなわけです。

もう、まさに、片や厳しい修行を重ねた後に東西に念仏を唱え歩く高僧、片や老いて尚血気盛んな百戦錬磨の猛将(正確には幽霊なのですが)そのもので、この御二人の前では私ごときなど簡単に消し飛ばされてしまいます(苦笑)。別に火花を散らす対決モードなストーリーではないのですが、シテとワキの遣り取りにとてつもない凄みを感じました。

それから、能面はちょっとした動きや(見る)角度の違いで、如何にも生きた人間のように表情を変化させてる様に見えるよう、計算して作ってある、と何かで見たことがあるのですが、今夜はシテの一つ一つの挙動に
「あれ?いま目が動かへんかった??」
と錯覚に陥ったことが幾度となくあって、能面を付けた仮面劇なのにもかかわらず
『目は口ほどにものをいい』
という諺を思い起こさせられて、不思議な感覚がした初めての体験でした。

地謡や囃子方も素晴しく、欧州の第一級の劇場のオペラに匹敵するのではというほどの(音楽劇の)舞台を観賞することができて、とてもよかったです。

この御二方のコンビでまたぜひとも観たいですね。お願いですから生涯現役で、元気で長生きしてください。