ガヤトリ・チャクラヴォルティ・スピヴァク教授の講演@第28回京都賞記念講演会

今日は なのはParty[http://www.nanoha-party.info/] も参加する勧業祭[http://www.kangyosai.com/]という同人イベントも開催されてて、講演会は午後からだしスピヴァク教授の講演は3番目だしで両方行こうと思えば行けたのですが、天気の悪い中であちこち移動するのも面倒だったので、勧業祭はパスしてまっすぐ国際会館に向かいました。

随分と久しぶり・・・何年ぶりかな?・・・このエリアに来たのは。受付済ませて同時翻訳機も借りて場内に入った時には最初のサザーランド博士のお話の途中でした。もう少し早く家を出てればよかったかも。次の大隅良典博士の講演は
『小さな細胞から見えてきた細胞のリサイクル機構』
という題でオートファジーのメカニズムを中心にしたようなお話でしたが、生物学が大の苦手なしとらすには興味深く拝聴しながらもちょっと辛かったです。

そしてお目当てのスピヴァク教授の講演。お題は
『いくつかの声』
昨日の授賞式では謝辞の中で
「答えを受け入れるだけではなく、常に問いを発するようにしてください。
事実確認の問いではなく、価値判断のための問いをしてください。」
と若者へのメッセージがあったそうですが、今日のお話では御両親から受けた影響をいくつかのエピソードで例示しながら挙げられ、そこから教育の本質的な意義から平等・正義や民主主義に切れ込んでいったことと、脱構築の豊かさ(デリダの脱構築の理論をどこまで適用できるか、かな?)、主にこういった内容だったと思います。私は英語のヒアリングは不得手なのですが、それでもスピヴァク教授の言葉を直に受け取ろうと日本語翻訳機のボリュームを少し落としながら聞いてたのでメモが疎かになってしまい、終わって改めて整理しようとしても・・・ありゃりゃりゃりゃ・・・だったのですが(苦笑)。

同時通訳が‘倫理’という語を使ってたのは翻訳として適切なのかどうか聞きながら多少疑問はあったのですが、それはさておき、70歳を迎えて尚若い頃(紹介やパネル展示でもあったデリダとのツーショットの写真)と同様に眼光が鋭かったのと、様々な角度から教育の重要性を説かれ自らも現在まで定期的に西ベンガルに赴いて実践されているというのがとても印象的でした。実践あるがゆえの迫力といいますか・・・。インドで比較的上流の家庭に生まれながらも特権を振りかざすことなく下層のカーストの人々と同じ地平に在るようにと躾けられたようで(列待ちで順番を譲られても断ってちゃんと後ろに並ぶように父親から言われたとか)、サバルタンやアウトカーストといった国家や社会から切り離された貧困層の人々を目覚めさせるにはどうしたらよいのか、彼らのような存在の構造を衆目の下に晒す理論として脱構築を適用し、彼らが実質的な平等と民主主義を得られるように教育を実践していくべき、というのが、スピヴァク教授のお話を聞いての私なりのまとめと受け取り方でした。

・・・関心のある分野ではあっても専門というわけではないので解釈が間違ってたらごめんなさい、いうことで(苦笑)。つーか、明日行われるワークショップ、遠慮せずに参加の申し込みをすればよかったと後悔しましたが、すでに遅し・・・まぁそれでも今回直でお話を伺うことができてよかったです。素晴らしいスピーチでした。

そういえば、お話の中で彼女自身は2度の離婚歴があると仰っていたように思いますが、それを聞いて“あちらを立ててばこちらが立たず”というかプライベートまで順風満帆とはなかなかいかないものなのかな、とふと感じたりもしました。

 

『サバルタンは語ることができるか』
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『ナショナリズムと想像力』
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『ポストコロニアル理性批判―消え去りゆく現在の歴史のために』
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