ゲルハルト・ボッセさんの訃報

続くものは続くもの・・・

今日になって、今度はボッセさんの訃報が飛び込んできました(涙)。

先月の大フィル定期を体調不良でキャンセルされたという情報は目にしてたんですが、そうですか・・・大腸癌ですか・・・90歳の大往生とはいえ日本に大変縁のある(というかお住まい高槻だし)マエストロともなれば喪失感も大きいし・・・。5年前の春に京響に客演されたのを聴いて以来、結局1度も接する機会がなくて、あれ以来京響にも客演にはいらっしゃいませんでしたし、やっぱり在阪オケの客演行くとか神戸まで足を運んで神戸市室内合奏団の定期を聴きに行っておくべきだったよなぁ・・・と今更ながらに後悔しています。

謹んで御冥福をお祈り申し上げます。

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日本にいらっしゃる前はライプツィヒ・ゲヴァントハウス管弦楽団の第一コンマスを長く務められただけでなく、ゲヴァントハウス弦楽四重奏団に第一ヴァイオリンとして所属されたり、御自身でゲヴァントハウス・バッハ・オーケストラを創立するなど、ライプツィヒを地盤に八面六臂の活動をされていたことはつとに知られるところですが、若い頃にはナチスの肝煎りで発足したリンツ帝国ブルックナー管弦楽団にも所属していたそうです。ここがどういったオケだったかは下記のページに詳しい情報が載っていますが、カラヤン、フルトヴェングラー、シューリヒト、クナッパーツブッシュ、べ一ムといった大物指揮者が客演しているにもかかわらず、ナチスとの関連をとやかく糾弾されるのを避けるためか皆一様に口を閉ざしていたようです。今世紀になって雑誌や新日フィルの記事でボッセさんがインタビューに答えてこのオケに言及しているのは歴史証言の意味合いでなんだろうなぁ・・・という気がします。

リンツ第三帝国ブルックナー管弦楽団 ~カーキ色のユートピアの思い出~
 http://homepage2.nifty.com/kt42195/contents8.htm

カラヤン/リンツ・ブルックナー帝国管弦楽団のブルックナー演奏史
 http://www.geocities.jp/concolor1957/BrucknerLinzOKarajan.html

さて、NMLに何かあれば・・・と思って探してみましたが、あまり見つかりませんでした。ゲヴァントハウス弦楽四重奏団の名前では2桁の数あるのですが、どれがボッセさんのいた頃に録音されたものなのか調べるのが大掛かりになりそうですし(苦笑)。なので、追悼になるかどうかはわかりませんが、検索で見つけた中にあったシューベルトの八重奏曲をこれから聴いてみようと思います。メンバーはヴァイオリンにボッセさんとカール・ズスケ、他は・・・たぶんゲヴァントハウス管の団員かなという気はしますが、全然確証ありませんのであしからず。

http://ml.naxos.jp/album/0030322bc
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指揮者のG・ボッセさん死去【NHKニュース 2012年2月1日】

長年、日本で生活し、クラシック音楽の普及や演奏家の育成に尽力したドイツ人のバイオリニストで指揮者のゲルハルト・ボッセさんが、1日未明、大腸がんのため、大阪府高槻市の自宅で亡くなりました。90歳でした。

ボッセさんは、第2次世界大戦前にドイツのライプチヒ音楽院などでバイオリンを学び、世界的な指揮者のフルトベングラーやカラヤンらの下で演奏活動を続けました。戦後は、18世紀から続く「ライプチヒ・ゲバントハウス管弦楽団」のコンサートマスターを30年以上勤め、指揮者としても活躍しました。親日家として知られ、昭和36年からたびたび来日して、新日本フィルハーモニー交響楽団など国内の主なオーケストラで指揮を務め、平成6年に東京芸術大学の客員教授に就任したことをきっかけに大阪府高槻市に移り住みました。昭和55年に鹿児島県の霧島高原を会場に、国際的なクラシックの祭典「霧島国際音楽祭」を創立し、平成12年から神戸市室内合奏団の音楽監督を勤めるなど、クラシック音楽の普及や若手の音楽家の育成に力を尽くしました。ボッセさんは大腸がんを患い、去年12月に神戸市室内合奏団の定期公演でタクトを振ったのが最後の公演となりました。

ドイツ人指揮者のゲルハルト・ボッセさん死去
【朝日新聞 2012年2月1日】

 ドイツ出身の指揮者・バイオリニストで神戸市室内合奏団音楽監督のゲルハルト・ボッセさんが1日、大腸がんのため死去した。90歳だった。家族葬を執り行い、後日、お別れの会を開く。喪主は妻美智子さん。

 1922年生まれ。55年から87年まで旧東ドイツ・ライプチヒの名門、ゲバントハウス管弦楽団第1コンサートマスターを務めた。61年、大阪国際フェスティバルで初来日以来、日本と縁が深く、晩年は日本に居を定め、指揮者としてドイツの伝統的な奏法や音づくりを日本のオーケストラに伝えた。神戸市室内合奏団では98年に首席指揮者、2000年から音楽監督。新日本フィルハーモニー交響楽団では00年から首席客演指揮者、02年からミュージックアドバイザーを務めていた。

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〔※写真:ゲルハルト・ボッセ=大阪府高槻市のホテル、荒元忠彦撮影〕