大瀧詠一さんの訃報

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思えば私が音楽にのめり込むキッカケになったのが大滝さんの『A LONG VACATION』でした。生まれて初めて乗った飛行機での機内放送で聴いたのがはじまりだったのですが、1曲目の「君は天然色」で文字通りハートをズキューンと射抜かれてしまいまして、自宅に戻ってからLP(30年以上も前なんでレコードですよ、レコード)買って・・・生まれて初めて買った音楽アルバムがこれでしたねぇ・・・、折を見てプロフィールを調べつつ過去の作品だったり“はっぴいえんど”当時にリリースしたものだったりをFMでチェックしたりしましたよ。中学上がる時にちょうど『NIAGARA TRIANGLE Vol.2』がリリースされたんですが、佐野元春さんと共に参加されてた杉真理さんがパーソナリティを務めていたFM番組で収録曲が流れてたのを聴いたりもしましたっけ。

私の音楽ライフの原点だったんですよ、大滝詠一『A LONG VACATION』がすべてのはじまり。

今はすっかりクラシックの比重が大きくなってますけど、このアルバムに接することがなかったら、そもそも音楽にどっぷり浸かることもなかったと思うんです。クラシックがいいなぁと本格的に聴くようになったのは吹奏楽やってた高校時代に借りもので聴いたアンセルメ盤のラヴェル『ボレロ』でしたけど、そのずっと前にロンバケに出会ってなかったら私の中で音楽の占める比重が大きくなることもなかったし、もちろんそうなると高校で音楽系の部活に入ることもなかったはず。

俗に言う“運命的な出会い”ってのかなぁ・・・うん・・・当時にして既に時代の先駆者だった大滝さんの音楽に偶然触れたのが、私の中で、何もかものはじまりでした。

でも、もうすぐ2013年も終わりという大晦日の日に、なんでこんな悲しいニュースを聞かされるんですかねぇ・・・

・゚・(つД`)・゚・ ウワァァァン

・・・なんかもう、ショックがデカすぎて・・・

昨年末の内田樹さんらとのトーク「大瀧詠一的2012」聴いてもわかるように、まだまだ御大ご健在って感じじゃないですか・・・もう信じられへん・・・

謹んで御冥福をお祈り申し上げます。

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[↑↑『ラジオデイズ』〜「大滝詠一、内田樹、他:ナイアガラー座談会」より]

 

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時代の先駆者だった大滝詠一さん 凝り性な“遅れて来た大物”
【Yahoo!ニュース:スポニチアネックス 2013年12月31日】

 ミュージシャンの大滝詠一(おおたき・えいいち、本名=大瀧 榮一)さんが亡くなったことが31日、分かった。岩手県出身、65歳だった。

 大滝さんはニューミュージックの元祖として知られる。1970年、細野春臣、松本隆とともに結成した「はっぴいえんど」でデビューしたものの、先に売れたのは仲間の細野や後輩の山下達郎だった。レコード制作においての凝り性が災いしたのか、ヒットという点では今一つだった。しかし、アルバム「ロングバケーション」が大ヒット。“遅れて来た大物”と当時のメディアは紹介している。

 しかし、それ以前もそれ以後も、シンガーソングライター、作曲家、アレンジャー、音楽プロデューサー、レコードレーベルのオーナー、DJ、など多くの顔を持ち、音楽業界で幅広く活躍、足跡を残した。

 福生の自宅を改造してスタジオを作ったり、あるいは73年の「アサヒ飲料の三ツ矢サイダー」のCMでは今でこその感はあるが、当時としては初のCMソングのレコード化第1号だった。また、レコードの原盤制作をレコード会社ではなく自信のレーベルで行ったのも大瀧さんが初だった。表舞台にはあまり派手に存在せずとも、裏で貯蔵し続けた大瀧さん。だが、現在の音楽業界をリードしてきた存在だった。

 

細野晴臣、大瀧さんの死に「残念にも程がある」…ソロアルバム製作の構想あった
【Yahoo!ニュース:デイリースポーツ 2013年12月31日】

 伝説的ロックバンド・はっぴいえんどの元メンバーでシンガー・ソングライターの大瀧詠一(本名・大滝栄一)さんが、30日、解離性動脈瘤のため死去したことを受け、31日、バンドメンバーだった細野晴臣(66)が追悼のコメントを発表した。

 細野は「最初は誤報だと思っていましたが、とてもショックです。大事な音楽家を失ってしまった。残念にも程がある、という思いです」と突然の訃報を信じられなかった胸中を明かした。

 また、「彼の中に詰まっていたポップスの宝庫はどこに行くんでしょうか。大瀧君はずっとソロアルバムを作っていなかったのが気になり、11月中旬に『皆で手伝うからソロを作ろう』とメッセージを入れたのが最後です」とアルバムを作れなかった無念さをにじませた。

 細野は大瀧さんらとともに、はっぴいえんどを結成。1970年8月にデビューアルバム(通称・ゆでめん)を発売し、高い評価を得た。

 

佐野元春が哀悼「大きな星を失った。大瀧さんは僕らを照らす」
【Yahoo!ニュース:デイリースポーツ 2013年12月31日】

 歌手の佐野元春が、30日に自宅で急逝した大瀧詠一さんへの惜別コメントを公式サイトに上げた。

 「大瀧詠一さんが亡くなりました。日本の音楽界はひとつの大きな星を失った。でもその星は空に昇って、ちょうど北極星にように僕らを照らす存在となった。大瀧さん、ありがとう。ご冥福をお祈りいたします。佐野元春」

 佐野は、大瀧さんのプロジェクト「ナイアガラ・トライアングル」に参加し、音楽的な影響を受けてきた。