新常任・広上淳一と京響の処女航海@511回定期

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 今月から新しく京響の第12代常任指揮者に就任した広上淳一さん。常任としての最初の定期演奏会・・・というのにあいにくの天気でした。自転車で行って定期の前に花見でもしようかと思っていたのに・・・。昨夜の雨、今日の午後には一応止んだのですが、そこは京都ウェザー、雲行きもパッとしなかったので大人しく交通費かけて行きました。地下鉄の太秦天神川駅ができたおかげで、私の住む所から嵐電→地下鉄と北山までの移動がスムーズになったのはありがたいことです。片道480円かかるのが難点ですが・・・まぁいいか。

 演奏会の前に府立植物園に寄ってみたのですが、昨夜の雨が結構強かったので、せっかくのチューリップの花も可哀想なほどお辞儀してしまってて(苦笑)、桜も花びらが散ってしまったり。せっかく早めに出てきたのにガッカリです。半木の道の紅枝垂も一気に散ってしまった様子でした。ざ~んねん・・・。

京都市交響楽団 第511回定期演奏会
2008年4月18日(金)19時開演@京都コンサートホール(大ホール)

◆A.コープランド 市民のためのファンファーレ
◆J.ハイドン 交響曲第104番ニ長調「ロンドン」Hob.I-104
(休憩)
◆N.A.リムスキー=コルサコフ 交響組曲『シェエラザード』 op.35

指揮:広上淳一
コンサートマスター:グレブ・ニキティン

 京響の定期でも今回から演奏の前にプレトークをすることになったんですが、今日の広上さんは新シーズンの始まりということで今後1年に登場する指揮者の方を一通り紹介するという感じでしたし、プレトークの趣旨も客演で登場する指揮者のことを肉声や話す雰囲気でより知ってもらうため、といったことも話されました(もちろん実際に指揮をする人に直接曲の解説をしてもらうということもあるのでしょうが)。時折オヤジギャグ?で笑いをとったり、教え子でもある沼尻さんや下野さんをプッシュしたり。また、市の人事異動で今年度から新しく事務長に就任する吉田真稚恵さんと音楽主幹に就任する新井浄さんをステージに上げて紹介し、「前に大河ドラマで毛利元就をやったときにこのシーンが好きで・・・」と三本の矢のエピソードを引き合いに出して、三位一体で頑張っていきたいといった抱負も述べられました。まさか(役職付きとはいえ)裏方の市の職員の方までここで紹介するとは思っていませんでしたが、いきなりやりますね。就任早々表舞台で紹介してもらえるのは光栄な反面で観客や市民の目に以後直接晒されるということでもありますし(パンフに載せただけでは目を通さない人も相当数いるでしょうしね)。

 さて、結構時間ギリギリまでお話しされた広上さん、「5分もあれば着替えられますから」と時間が押しても言い訳されてましたが(笑)、1曲目はコープランドの『Fanfare for the Common Man』。彼自身の交響曲第3番のフィナーレにも転用された曲ですが、コープランドはしばらくまともに聴いてないので記憶がかなり曖昧(苦笑)。ファンファーレって名が付くのでもっとキランキランしたものかと思いましたが、わりと素朴なものに聴こえました。“Common Man”とあるのでこんな感じでいいのかもしれませんね。市民オケの新常任&新年度のスタートに相応しい曲でした。これで満員御礼だったら言うことなかったんですけどねぇ・・・(ブツブツ)。7・8割程度だったでしょうか?もったいない。ただ(私は姿を確認していないのですが)門川市長が今夜もいらしていたようで、それが救いではありますが・・・。

 2曲目はハイドンの104番『ロンドン』。後半の『シェエラザード』ももちろんよかったですが、それ以上にインパクトが強かったのがハイドンの方でした。もうとにかく、ビックリして楽しい!という感じ。思えば、十数年前、まだ私が仙台に住んでいた頃に地場の楽器CD店のクラシック担当の方に「若いけどとても才能豊かな指揮者」と薦められ、仙台フィルに客演に来た広上さんを初めて聴いた時にモーツァルトで衝撃を受けたものですが、あの感動が再び・・・という言い古された決まり文句がそのまま当てはまりそう(笑)というか、オケが京響の方がずっと上手い分、印象も今回の方が強いですね。
 透明感ある響きで細かいところまで目配りされていて、流れるような音楽の中にも随所に見られるユーモアや粋な仕掛けといったハイドンの魅力を余すところなく鮮やかに表現されてましたが、特に終楽章、もうホントにワクワクドキドキ、明るくて躍動感があって聴いていてもとても楽しい!音楽のリズムに合わせて思わず体を動かしたくなるほどでした(いい年してみっともないと両隣の若い女性客に変人扱いされては困るので必死に我慢しましたが・爆)。いざ最後の音が終わってしまうと「えぇ~?もう終わりィ~?!終楽章だけでも頭から繰り返したらいいのにぃ~」・・・って長崎くんちなら間違いなく「もってこぉーい!もってこい!」の場面ですね(爆)。ハイドンで珍しくブラヴォーの掛け声が飛んでいましたが、でもそれくらいの演奏だったということで。
 広上さんの細かく目まぐるしい動きの指揮は特に終楽章で顕著で、団員さんたちも広上さんの棒に必死に喰らいついていってる様子でしたが、それでもどこか楽しそうに演奏されているようでした。弾いてる方が楽しいのなら聴く方が楽しく感じるのも道理ですよね。
 モダンオケでここまで楽しく素晴らしいハイドンが聴けるとは、それも地元のオケで味わえるのは嬉しいかぎりです。もちろん、欧州で評価の高いアダム・フィッシャー&ハイドンフィルを生で聴ければホントは1番良いのでしょうが、来日はしなさそうだし此方から渡欧する余裕も今のところ全然ないし(苦笑)。来年は没後200年のハイドンイヤー、広上&京響には定期でドンドン採り上げてほしいと思わされたほどでした。

 ハイドンが予想以上に良すぎて危うく忘れそうになるところでしたが、今日のメインは『シェエラザード』。こちらは京響のカラーに合うだろうからと期待していた曲ですが、こちらも期待に違わぬ名演奏でした。はじめの印象ではベタベタした感じがほとんどないのですが、オーケストレーションの彩りも鮮やかに物語を描写していて、表現の振幅が大きくスケール感もあり、ゆったりとしたところはメロディーをたっぷり聴かせるように、ドラマティックなところはリズミカルに激しく、とかいろいろとやってはいるのですが、全体の大きな流れを途切れさせることのないようにバランスを巧みにコントロールしているので、やりすぎ?!と感じることが全く無くて、聴く方としても物語性を十二分に堪能しつつ美しい旋律に安心して身を委ねることができます。このあたりはさすが広上さんですね。何度でも聴いていたくなるような素晴らしい演奏でした。
 常任として最初ということで広上さんの意気込みも相当なものだったと思いますが、団員さんたちもいつも以上に積極的に(というか細かく激しい運動を伴う棒に必死についていってるというか・笑)熱い反応を見せていたように思います。それぞれのソロでもとても美しいメロディーを奏でていました(ちなみにチェロは上村さん、Tp1番はナエスさん、菊本君はドイツ留学だそうで不在)。特に木管の各首席とニキティンさんは絶品。この手の曲を演奏させたらやはり京響が関西で随一ですね。
 今回の定期は新常任の就任披露と京響の新たなスタートに相応しく、また今後に更なる期待を抱かせる演奏会でした。

 そして、普段ならここで終わりなのでしょうが、ここで終わりじゃないのが今年の京響(笑)。みなさんお楽しみ?のレセプション。広上さんが何か挨拶して後はおしゃべりタイムかな?くらいに思ってたのですが、まさかまさか、カルテットの演奏があるとは!ピアニカは誰だったんでしょう?(上から見てたのでわかりません)ナエスさんが1曲目でパーカッションやってたり、2曲目(ラテン風「ぞうさん」)でカジュアルに着替えた広上さんがマラカスやったり、疲れてるはずなのにサービス精神旺盛です。その即席バンドの演奏の後に広上さんのスピーチ。料理に喩えるのがお好きらしい広上さんは家族で月1でレストランに出かける感覚で京響定期にも来てほしいこと、1プロ2公演を実現したいので(今日来てくれた観客の)口コミでお客さんが増えるようになれば、といったことを挨拶で仰っていました。
 団員さんたちもかなりの方が残ってくださったようで嬉しく思いました。ただ公務扱いということで事務長?からアルコールが止められていたらしく、ビール飲みたかった人は残念そう(苦笑)。市職員に不祥事が相次いで議会でも市長が野党から相当突っ込まれていた様子もTVで出たくらいですので、そういったことがあっておそらく自粛したと思うのですが、演奏会本番が終わってお客さんと一緒にビール飲むくらいは誰もツッコまないと思うんですけど・・・(というか退勤扱いじゃないのか?!)気の毒でした。

 ファンや記者・評論家(京都新聞と産経新聞とあとどこだったでしょう・・・どんな記事を書いてくれるのか楽しみです)に囲まれた広上さんの近くで少し話を盗み聞き(笑)したりしたのですが、コロンバス響がとても苦しい状況にあることも話されてました。広上さんが音楽監督に就任されてから定期会員や来場者数が増えているにもかかわらず財政が厳しくて潰れる可能性すらあるらしいのですが、やはり米景気リセッションの影響をモロに受けているのでしょうか?それでなくともオハイオ州にはクリーブランド管やシンシナティ響といった強力なライバルオケがあって、しかも音楽監督がクリーブランド管はヴェルザー=メスト、シンシナティ響がパーヴォ・ヤルヴィなんですよね・・・。そんな中で頑張って来季は意欲的なプログラムを組んでますし、ファンの間でサポーターズクラブみたいなのも結成されているそうなので、なんとか踏みとどまって存続してほしいと願ってます。京響は市直営で恵まれていると前置きしつつも「市民のためのオケ」ということを事ある毎に力説されているのはコロンバスでの事情が背景にあるのでしょうね。

※追記:京都新聞の4月1日付一日版の1面に、今日より京響第12代常任指揮者に就任した広上淳一さんのインタビュー記事が、彼のカラー写真付で大きく掲載されました。ただ・・・残念ながらWEBの方には載ってないようで・・・(ケチィ~)。仕方ないので、京都新聞を読めない人のためにせっせと手入力しました(苦笑)。

内容としてはまだ京響を聴いたことがない市民へのメッセージみたいな感じです。また、はじめの方で「京都は父親が学生時代に住んでいたこともあり」と仰ってますが、そのお父様は先月お亡くなりになったそうです(謹んで御冥福をお祈り申し上げます)。広上さん自身はちょうど定期のためにコロンバスに滞在中で、演奏会の後に帰国されたらしいのですが、何がビックリってコロンバス市の地元紙Columbus Dispatch“Maestro misses rites for father in Japan”という記事が字数を割いて載っていたこと!結構な名士なんですね・・・。また、別の記事でコロンバス響とチャイコフスキーの幻想序曲『ロミオとジュリエット』と5番シンフォニーを日本のDENONレーベルに録音したことも書かれています(記事はココココ、おそらくライヴ録音?)。

京響常任指揮者就任にあたって     広上淳一

 京都は父親が学生時代に住んでいたこともあり、好印象を持っています。「好き」と軽々しく言うよりは、敬愛している、光栄に思っていると言ったほうが近いかもしれません。
 今回私が常任指揮者に就任した京都市交響楽団(以下、京響)は、日本で唯一の自治体が運営するオーケストラで、市民のみなさんの税金を使って運営がされています。ですから何よりもまずは、多くの市民の方たちにもっと京響の存在を知っていただきたい。なかなかいいオーケストラだから毎月の定期演奏会に行ってみようと思ってもらえるよう、口コミで評判が広がっていってほしいです。僕の印象から言うと、京都の方は他の都市と比べると、音楽に対する意識は高いと思います。京響を応援していただいている方もたくさんいらっしゃいます。
 しかしながら一方で、クラシックはとっつきにくいという印象をお持ちの方が多いのも事実です。これは、皆さんが悪いのではなく、明治維新まで遡って文化を輸入したときのコンプレックスがいまだ無意識に残っているのと、小学校以降の教育でクラシックは高等なものだという意識を植えつけられてしまったから。クラシックは高等なものでも下等なものでもありません。音楽の中でクラシックが一番変化を遂げて、ロックやポップス、ジャズが生まれていったわけです。そう考えるとそんなに仰々しいものではないですよね。京響が、そういった誤解を少しずつ解いていくきっかけになれば、こんなに素晴らしいことはないです。
 京響の定期演奏会で私が指揮をするのは年2回。4月18日(金)には、常任指揮者になって初の演奏会があります。私が指揮をする日は、コンサート終了後にロビーでお酒の席を設けようと考えています。楽団員も交えて、楽しい音楽とお話で、直接市民の方とコミュニケーションを取りたいですね。また、私が京都に来る回数は少ないですが、毎月の定期演奏会ではバラエティに富んだ指揮者をゲストに呼ぶ予定です。お客様にもっと来ていただきたい、京都市民のみなさんにもっと可愛がってもらいたい、新人を発掘したい、指揮者のコンテストをしたい・・・。さまざまな制約がありますが、それ以上にやりたいことはたくさんあります。そして、市民の方にあれこれ要望するよりも、まず自分たちが変わらなければいけないのではないかという思いも強いです。市民の方が京響を応援してくださる声を、行政に届けるよう我々も努力していきます。広上が京響に来てお客様の数が増えた、演奏会の数が増えた、など市民の方によかったなと思ってもらえるよう、腰をすえて取り組まなければと実感しています。