葵祭・路頭の儀@京都御所、2017年5月15日

ここ近年あまり縁のなかった葵祭に久しぶりに行ってきました。好天に恵まれてよかったです。新聞記事含めて諸々。今年の斎王代を務めた同志社大生の富田紗代さん、本番当日はなかなかチャーミングな姿を披露してました。

→京都新聞:動画ライブラリ|葵祭 社頭の儀(2017年5月15日)

 

葵祭、斎王代に19歳富田さん 3姉妹で参加「楽しみ」【京都新聞 2017年4月11日】

 京都三大祭りの一つ葵祭(5月15日)のヒロイン第62代斎王代に同志社大2年の富田紗代さん(19)=京都市左京区=が決まった。葵祭行列保存会(上京区)が11日、発表した。

 富田さんは不動産賃貸会社「冨士興業」(中京区)専務の富田謙一郎さん(55)と園子さん(51)の三女。タップダンスを得意とするほか、同志社女子中・高ではソフトボール部でピッチャーを務めた。現在は同大政策学部で学ぶ。趣味は映画鑑賞とカメラ撮影。

 上京区のホテルで記者会見した富田さんは「中学、高校が京都御所の近くにあり、葵祭の行列を毎年見ていた。斎王代は京都の女性のあこがれ。感謝の気持ちを忘れずご奉仕したい」と話した。姉2人もともに女人列参列が決まっており「3姉妹で参加できるのは楽しみ」と笑顔を見せた。

 斎王代は上賀茂、下鴨両神社に仕えた内親王「斎王」にならって1956年に再興された。

20170411223920aoi450
〔※写真:第62代葵祭斎王代に選ばれた富田紗代さん(11日午後2時40分、京都市上京区・京都平安ホテル)〕

 

十二単の斎王代、御手川で身清め 京都・葵祭「御禊の儀」【京都新聞 2017年5月4日】

 京都三大祭りの一つ、葵祭(15日)を前に、ヒロインの斎王代や女官の女性らが身を清める「御禊(みそぎ)の儀」が4日、京都市左京区の下鴨神社で行われた。第62代斎王代の同志社大2年富田紗代さん(19)は華やかな十二単(ひとえ)姿で、境内を流れる御手洗川(みたらしがわ)に手を浸し、身を清めた。
2017050413202920170504misoginogi
〔※写真:十二単姿で御手洗川に両手をつける斎王代(京都市左京区・下鴨神社)〕

 

葵祭・斎王代、「御禊の儀」みやびやかに 京都・下神神社【京都新聞 2017年5月4日】

 葵祭の「斎王代」が祭りを前に身を清める「御禊(みそぎ)の儀」が4日、京都市左京区の下鴨神社で営まれた。五月晴れの陽光を受けて水面がきらめく御手洗(みたらし)川に、十二単(ひとえ)姿の斎王代がゆっくりと手をつけた。

 午前10時20分、斎王代の富田紗代さん(19)=左京区=や女人列に参加する女性たち約50人が、雅楽の音に合わせてしずしずと楼門(重要文化財)をくぐり、境内北東の祭場に進んだ。

 神職のおはらいを受けた富田さんは童女4人を従えて岸まで進み、両手を合わせて約20秒間、水に手を浸した。祭場の周囲には多くの参拝者が集まり、斎王代のみやびやかな一挙一動に見入っていた。

 終了後、富田さんは「ビデオを見て何度も(御禊の儀の)動作を確認しました。祭り当日が近づいてきたのを実感しています」と述べた。

 御禊の儀は1956年から下鴨、上賀茂両神社で1年ごとに行われている。

20170504205202misogi450
〔※写真:青空の下、御手洗川に両手をひたし身を清める斎王代の富田紗代さん(4日午前10時49分、京都市左京区・下鴨神社)〕

 

葵祭、風薫る京都に王朝絵巻【京都新聞 2017年5月15日】

 京都三大祭りのトップを飾る葵祭が15日、風薫る京都市内で行われ、平安王朝の装束を身に着けた約500人の行列が都大路をしずしずと進んだ。沿道を埋めた大勢の見物客は、優雅に進む王朝絵巻のような行列を見守った。

 葵祭は下鴨、上賀茂両神社の例祭で、正式には「賀茂祭」という。フタバアオイと桂を装束や牛車(ぎっしゃ)などに挿すことから葵祭と呼ばれるようになった。起源は6世紀にさかのぼるといわれる。「源氏物語」の車争いの場面でも知られる。

 午前10時半ごろ、薄曇りの中を、全長約800メートルの行列は京都御所建礼門前(上京区)を出発した。銀面をつけた馬に乗った本来の主役近衛使(このえづかい)代を中心とした本列は、神への供え物を運んだ。1956年に創設された華やかな女人列は、十二単(ひとえ)姿の第62代斎王代富田紗代さん(19)を乗せた腰輿(およよ)を中心に、童女(わらわめ)や女官の内侍(ないし)、馬に乗る騎女(むなのりおんな)らを従えて進んだ。藤の花を揺らしてギシギシと車輪をきしませる牛車が見物客の視線を集めた。

 午前10時半の気温は24・9度(京都地方気象台調べ)で、人出は1万6千人(京都府警調べ)。日曜日の開催だった昨年の同時刻に比べて1万8500人少なかった。

 正午前、行列は下鴨神社に到着。新緑がまぶしい糺の森を抜けて本殿に向かい、社頭の儀に臨んだ。午後2時20分に上賀茂神社に向けて出発する。

20170515125828aoi450
〔※写真:大勢の人たち見守られ、京都御苑を進む葵祭の行列(15日午前10時51分、京都市上京区)〕

 

斎王代、支える姉と笑顔で 京都・葵祭に三姉妹参列【京都新聞 2017年5月15日】

 15日、京都市内で行われた葵祭。沿道の若葉が緑をあやなす都大路を、平安朝の風雅な装束に身を包んだ一行が進んだ。十二単(ひとえ)の斎王代は、女人列に加わる2人の姉とともに、笑顔で下鴨神社(左京区)へ向かった。

 「姉が、がんばれと声を掛けてくれました。そばにいてくれるのでとても心強い」。第62代斎王代の同志社大2年富田紗代さん(19)=左京区=は、京都御所(上京区)で、穏やかな表情で腰輿(およよ)に乗り込んだ。長姉絢子さん(24)は内侍で、次姉雅子さん(21)も命婦(みょうぶ)で参列した。

 葵祭行列保存会の猪熊兼勝会長(79)は「3姉妹での参列は珍しい。1956年の斎王代列創設以降、初めてではないか」と話す。

 父謙一郎さん(55)=不動産賃貸会社「冨士興業」専務=によると、年齢の近い3人は幼少期から仲が良く、末っ子の紗代さんは、2人の姉の影響を受けて育ったという。3姉妹ともダンスを得意とし、姉2人は創作舞踊やヒップホップダンス、紗代さんは、タップダンスを続ける。

 2013年、長姉絢子さんが命婦で葵祭に参列。その姿を見た紗代さんは「いつか女人列に出たい」とあこがれを抱いたという。そして自身が斎王代に。「信じられない気持ちとうれしさでいっぱいだった」と振り返る。

 京都御所を出発する前、腰輿の前で3姉妹がそろった。絢子さん、雅子さんはともに「3人で参列できてうれしい」と話した。紗代さんは「朝、姉から顔が緊張でこわばっている、と言われました。多くの人が見てくださるので笑顔で務めたい」と述べ、御所を後にした。

20170515140848saiou450
〔※写真:斎王代の富田紗代さんとともに記念写真に納まる内侍の長姉絢子さん(右)と命婦の次姉雅子さん=15日午前9時55分、京都市上京区・京都御所〕

 

 

こちら↓は出発前のをスマホ撮りしたもの
Img_20170515_102214_2
Img_20170515_102225_2
Img_20170515_102320
Img_20170515_102343
Img_20170515_102405
Img_20170515_102517
Img_20170515_102923
Img_20170515_105733
Img_20170515_105750
Img_20170515_105807

・・・やっぱ、コンデジと一眼レフ欲しいなぁ・・・(ボソッ

 

京都御所%%http://maps.google.co.jp/maps?q=35.024103,135.762180+(%E4%BA%AC%E9%83%BD%E5%BE%A1%E6%89%80)&hl=ja&ie=UTF8&z=13%%35.024103%%135.762180%%13

 


葵祭・路頭の儀@京都御所、2014年5月15日

昨夜の雨も朝には止んで、予定通り執り行われることになった、今年の葵祭。でも天気予報では午後から雨のようだったので、昼までに帰るつもりで傘も持たずに出かけましたが、11時頃にはポツポツ雨粒が落ちてきて・・・それでも帰宅した時には止んでたので、このままお天気が保ってくれたらエエねんけどなぁ・・・思ってたんですが・・・

賀茂街道で観てた人はご愁傷さまでしたね(笑)。

列の中にはあらかじめ和傘のような物を持たされていた人もいたので、その恩恵に預かれた役の人たちはまだマシだったでしょうけど、たぶんごく一部だけですよね、アレ? 下鴨神社[http://www.shimogamo-jinja.or.jp/]上賀茂神社[http://www.kamigamojinja.jp/]の道程で衣装もなにもかもズブ濡れになりながら立派に務めを果たされた方々は本当にお疲れさまでした。

 

緑ぬれ古都華やぐ 葵祭、平安王朝の雅を再現【京都新聞 2014年5月15日】

 京都三大祭りのトップを飾る葵祭が15日、京都市内で繰り広げられた。平安王朝の雅(みやび)を再現する行列が、フタバアオイを揺らしながら新緑まばゆい都大路を、しずしずと進んだ。

 曇り空、気温19・4度(京都地方気象台調べ)。総勢約500人、牛馬計40頭の行列は午前10時半、「路頭の儀」として、京都御所(上京区)の建礼門前を出発した。前方の「本列」では神への供え物を収めた「御幣櫃(ごへいびつ)」が運ばれた。いっとき小雨もぱらついたが、牛車が車輪を「ギシギシ」ときしませ、行列で最高位の近衛使(このえづかい)代は威儀を正して進んだ。

 あでやかな「斎王代列」(女人列)が後に続いた。玉砂利を鳴らす命婦(みょうぶ)に先導され、十二単(ひとえ)姿の斎王代、神戸大2年の太田梨紗子さん(20)が乗る腰輿(およよ)が近づくと、見物客は席を立ってカメラのレンズを向けた。沿道では約2万3600人(午前11時現在、京都府警調べ)が見守った。

 行列は下鴨神社(左京区)で「社頭の儀」に臨み、午後に上賀茂神社(北区)に向かう。

 葵祭は両神社の例祭。正式には「賀茂祭」といい、起源は6世紀までさかのぼる。

20140515125549sai_y_aoi
〔※写真:小雨の中、新緑の京都御苑内を進む葵祭の行列(15日午前、京都市上京区)〕

 

葵祭=賀茂祭、元はといえば朝廷の祭祀で、御祭文を奉納する勅使に伴って行った斎王―賀茂社に御杖代(巫女)として仕えるために皇室から差し出された内親王や女王―、現代では斎王のような制度がない―そもそも日本国憲法下では設定不可でしょうけど―から斎王‘代’、つまりは代わり。ですが朝廷が賀茂社に国家安寧と五穀豊穣を祈願するのが由来になってる例祭ですので、それがお天気悪くてポシャったのでは現代人でもあまりいい感情しないですよね(苦笑)。

今年は何時ぞやのような順延も中止もなく、途中から雨に遭っても最後の上賀茂神社まで強行したようですが、斎王代を務めた人の実家がご商売やってて、しかも記憶のいい京都人なら10年前の一件を覚えてるでしょうし(『老松』で買ったことのない私ですら忘れてないのですから・苦笑)、縁起については微妙でしょうね。まぁお嬢ちゃん自身じゃなくて親御さんの精進が足らへんかったんや(苦笑)ちうことで・・・ともあれ、今年の斎王代を務めた神戸大2年の太田梨紗子さん、先月のニュース記事で写真を拝見した時にはチャーミングな感じというか可愛らしいお嬢さんやなという印象を受けたのですが、予想通り十二単姿もなかなかの美人さんでした。

以下、清所門を出るところから建礼門前で回る様子までをパパパっと↓(クリックで拡大)
P5150002
P5150003
P5150009
P5150011
P5150013
P5150015
P5150016
P5150018
P5150025
P5150029
P5150036
P5150044
P5150045
P5150047
P5150049
P5150052
P5150055
P5150060
P5150063
P5150066
P5150068
P5150072
P5150073
P5150087
P5150090
P5150091
P5150096
P5150100
P5150103
P5150106
P5150109
P5150112
P5150116

 

京都御所%%http://maps.google.co.jp/maps?q=35.024103,135.762180+(%E4%BA%AC%E9%83%BD%E5%BE%A1%E6%89%80)&hl=ja&ie=UTF8&z=13%%35.024103%%135.762180%%13

 


葵祭:5月3日・流鏑馬神事@下鴨神社、5月4日・御禊の儀@上賀茂神社

今年のカレンダー上では昨日から4連休になっているGW後半ですが、どうにか天候にも恵まれて、昨日と今日の葵祭の神事も滞りなく執り行われたようですね。昨日の“流鏑馬神事”は下鴨神社[http://www.shimogamo-jinja.or.jp/]で、今日の“御禊の儀”は上賀茂神社[http://www.kamigamojinja.jp/]でそれぞれ催されましたけど、今年の斎王代を務める太田梨紗子さん、神戸大文学部2回生で『老松』[http://www.oimatu.co.jp/]のご令嬢ですが、ネットの画像越しに見ても十二単がよく似合ってるように思います。間近で拝見することのできる来週の15日が楽しみですね。

葵祭の有料観覧席等の詳細は京都市観光協会の特設ページをご覧ください。
京都市観光協会:葵祭 http://www.kyokanko.or.jp/aoi/

それから、昨年にも同じことを述べましたが、私はマスゴミ等々のように斎王代を‘ヒロイン’という言い様で指すのは反吐が出るほど大嫌いですし、史実に悖るだけでなく皇室を蔑ろにしていると考えてます(私自身はガヤトリ・C・スピヴァクさんの思想と言動に大いに共感するくらいのリベラルではあるんですけどね)。斎王代はあくまで斎王の‘代わり’であって、斎王というのは伊勢神宮または賀茂神社に巫女として奉仕した未婚の内親王または女王(親王の娘)のことです。伊勢神宮の斎王「斎宮」は南北朝時代の延元の乱、賀茂神社の斎王「斎院」は鎌倉時代の承久の乱を機にそれぞれ途絶したそうですし、現代日本でそういった制度を復活させるのは憲法の政教分離に違反するので不可能だというだけでなく、そもそも今の皇室に斎王を差し出すだけの人的余裕もないでしょう。ですから代理を立てるのは一向に構わないと思いますし、戦後に葵祭を復活させた際に斎王代と女人列を創設したのにも賛同しますが(華やかでいいでしょ?w)、それでも斎王代は斎王=皇族から差し出された巫女の代わりとしての存在であって、‘ヒロイン’と言って単なるアイドルみたいに形容してはいけないはずです。それなのにマスゴミ連中は地元の京都新聞ですら安易に斎王代を‘ヒロイン’と呼称するし、それに大きく異を唱えるような見解は右寄りの方ですらあまりないですよね?日本に真の保守主義者はいないとか主張してたのは生前の丸山眞男さんでしたっけ、私も同様に日本の自称・保守主義者やネトウヨはほとんどが手前勝手のご都合主義者だと見てますし、そうした傾向は福島原発事故のような大掛かりな出来事をとりまく風潮でなくとも、こういった斎王代にまつわる小さなニュースの扱い一つとってみても窺えるのではないでしょうか。

 

 

人馬一体、妙技に歓声 京都・下鴨神社で流鏑馬神事【京都新聞 2014年5月3日】

 疾走する馬上から的を射る「流鏑馬(やぶさめ)神事」が3日、京都市左京区の下鴨神社で行われた。新緑あふれる糺(ただす)の森で披露された人馬一体の妙技に、約2万2千人の参拝者が歓声をあげた。

 葵祭(15日)の道中の無事を祈る神事として、1973(昭和48)年に復興された。

 本殿での神事に続き、平安装束や武士装束に身を包んだ射手(いて)が登場。約400メートルの馬場を猛スピードで走る馬の上で弓を引き、約100メートルごとに3カ所ある約50センチ四方の的を狙って矢を放った。

 馬場沿いを埋めた人たちは、緑のトンネルを華麗に駆ける人馬の姿に見入り、すべての的に命中する「皆中(かいちゅう)」に、ひときわ大きな拍手を送っていた。

20140503230351yabusame
〔※写真:新緑の境内で、馬上から的を狙って矢を放つ射手(3日午後3時33分、京都市左京区・下鴨神社)〕

 

新緑の社、清めの美 斎王代「御禊の儀」 京都・上賀茂神社【京都新聞 2014年5月4日】

 葵祭を前に、ヒロインの斎王代や女官が身を清める「御禊(みそぎ)の儀」が4日、京都市北区の上賀茂神社であった。新緑の境内で繰り広げられる優雅な儀式に大勢の観光客が魅了された。

 午前10時すぎ、斎王代の太田梨紗子さん(20)と50人の女官たちが、市原野小(左京区)で育てたアオイの葉を児童から頭や胸に付けてもらい、表参道を進んだ。御手洗(みたらし)川に架かる橋殿でおはらいを受けた後、十二単(ひとえ)姿の斎王代が童女と岸に降り、流れの中へ静かに手を浸した。

 太田さんは「川の水の冷たさで身の引き締まるような思いでした」と話していた。

 御禊の儀は1956年に復活し、上賀茂神社と下鴨神社(左京区)で隔年で催されている。

20140504225948saiodai
〔※写真:御禊の儀で御手洗川に手を浸す斎王代の太田梨紗子さん(4日午前10時50分、京都市北区・上賀茂神社)〕

 

京都・葵祭:「御禊の儀」で心身清める 上賀茂神社【毎日新聞 2014年5月4日】

 京都三大祭りの一つ、葵(あおい)祭(15日)のヒロイン、斎王代(さいおうだい)が心身を清める「御禊(みそぎ)の儀」が4日、京都市北区の上賀茂神社であった。約800人の参拝者らが華やかな儀式を見守った。

 今年の斎王代を務める神戸大2年、太田梨紗子さん(20)=京都市上京区=が十二単(ひとえ)に身を包み、約50人の女官や童女とともに境内を練り歩いて橋殿へ向かった。おはらいを受け、御手洗(みたらし)川に手を浸して心身を清めた後、木でできた「形代(かたしろ)」にけがれを移して川に流した。

 神事を終えた太田さんは「水の冷たさで身が引き締まる思い。私であって私でないような、きれいで純粋な存在になった気持ちです」と話した。

 御禊の儀は、かつて神社につかえた皇女「斎王」が鴨川の河原で身を清めたことにちなむ神事で、上賀茂神社と下鴨神社(京都市左京区)で隔年で催される。【花澤茂人】

001
〔※写真:御禊の儀で御手洗川に手を浸して身を清める斎王代(中央)=京都市北区の上賀茂神社で2014年5月4日午前10時51分、森園道子撮影〕


今年の葵祭の斎王代に太田梨紗子さん

今年の葵祭の斎王代が発表されました。

神戸大学文学部2年生の太田梨紗子さん、京菓子『老松』[http://www.oimatu.co.jp/]4代目当主の長女だそうです。

『老松』[http://www.oimatu.co.jp/]北野天満宮[http://kitanotenmangu.or.jp/]のすぐ東にある上七軒(京都の五花街の1つ)で1908年(明治41年)に創業した京菓子店で、現在では上七軒の他に嵐山にも茶房を構えています。北野の天神さん、もしくは嵐山にお出かけの際に立ち寄られてはいかがでしょうか。

葵祭の有料観覧席等の詳細は京都市観光協会の特設ページをご覧ください。
京都市観光協会:葵祭 http://www.kyokanko.or.jp/aoi/

 

斎王代に太田梨紗子さん 京都・葵祭ヒロイン【京都新聞 2014年4月14日】

 京都三大祭りの一つ、葵祭(5月15日)のヒロイン、第59代斎王代に、神戸大2年の太田梨紗子さん(20)=京都市上京区=が選ばれた。葵祭行列保存会が14日、発表した。

 太田さんは、京菓子製造会社「老松」の4代目当主、太田達さん(57)の長女。大学で美術史を学び、演劇研究会に所属している。特技は今様と手芸で、趣味は歴史学と美術鑑賞。兄の侑馬さん(25)は15年前に祇園祭で長刀鉾の稚児を務めた。

 上京区のホテルで記者会見に臨んだ太田さんは、桜柄の着物に身を包み、「欽明天皇の時代からとうとうと受け継がれている神聖な行事、素晴らしいお祭りに参加できることを光栄に思う。たくさんの方々にお教えを願って、立派に務め上げたい」と抱負を述べた。

 斎王代は、平安時代に上賀茂、下鴨両神社に仕えた内親王「斎王」に倣って1956年に再興された。

2014041420553814saioudai
〔※写真:第59代斎王代に決まった太田梨紗子さん(14日午後2時50分、京都市上京区・京都平安ホテル)〕

 

葵祭のヒロイン「斎王代」に20歳の神戸大生 京菓子「老松」の令嬢
【MSN産経ニュース 2014年4月14日】
25z20140414gz0jpg0009670010

 京都三大祭のトップを飾る葵祭(5月15日)のヒロイン、第59代斎王代(さいおうだい)に14日、京菓子製造の老舗「老松」の当主、太田達(とおる)さん(57)の長女で神戸大文学部2年の太田梨紗子(りさこ)さん(20)=京都市上京区=が選ばれた。

 市内で記者会見に臨んだ梨紗子さんは、薄紫に雪輪模様の振り袖姿。緊張した表情ながらも「あこがれだった斎王代に選ばれ、夢が現実になった」と喜び、「厳粛な気持ちで、身を引き締めて神事をおつとめしたい」と決意を語った。

 梨紗子さんは美術史学専攻で研究者を志望。演劇研究会に所属し、今様をたしなむ。兄の侑馬(ゆうま)さん(25)は平成11年の祇園祭で長刀鉾(なぎなたほこ)の稚児を務めた。

 斎王代はかつて神社に仕えた未婚の内親王「斎王」の代理。京都ゆかりの一般の未婚女性から毎年推薦で選ばれ、行列では十二単(ひとえ)姿で輿(こし)に乗る。

Wlf14041417420015p1
Wlf14041417420015p2
〔※写真:葵祭の斎王代に選ばれた太田梨紗子さん=14日午後、京都市上京区の京都平安ホテル(恵守乾撮影)〕

老松:北野店%%http://maps.google.co.jp/maps?q=35.030707,135.736922+(%E8%80%81%E6%9D%BE%EF%BC%9A%E5%8C%97%E9%87%8E%E5%BA%97)&hl=ja&ie=UTF8&z=16%%35.030707%%135.736922%%16
老松:嵐山店%%http://maps.google.co.jp/maps?q=35.017238,135.676580+(%E8%80%81%E6%9D%BE%EF%BC%9A%E5%B5%90%E5%B1%B1%E5%BA%97)&hl=ja&ie=UTF8&z=16%%35.017238%%135.676580%%16