2009年 葵祭

数日前に比べたら幾分涼しくなりましたし、なによりお天気に恵まれてよかったです。雨が降ったりしたら悲惨ですからね(衣装のこととか、雨中を長距離歩くこととか)。

開始前、9時半ごろでしたか、京都御苑の南側の丸太町通で信号待ちしていたら貸切バスに乗った子どもたち・・・小学校の低学年くらいかな?・・・と目が合いまして、手を振ってくるので「子どもらしいなぁ」思いながら小さく手を振って返したら、それに気づいた他の子たちが何人も「おーい」みたいに手を振ってきて・・・しとらすは地味な服装だったし、子どもたちが手を振っているのは実は別人と勘違いしたか、と思いました(笑)。自分か?!としとらす自身を指差してみたら、「うんうん」うなずくし(爆)。

う~ん、まぁ、目が合って避けられたり怖がられたりするよりはずっといいですけどね。でもなんでしとらすだったんだ・・・?

子どもで思い出したのですが、この時期からはよく修学旅行生を見かけるのですが、せっかく5月15日に京都に来ているにもかかわらず、御所や賀茂社・加茂街道には足を運ばないで全く方向違いの所を回ってる人たちって、とても多いんですよね。京都を堪能できる絶好の機会なのに、どうして葵祭を見ないのか?といつも思うのですが・・・千年以上続く、かつての宮中の雰囲気を今に留めた日本でおそらく唯一の祭。わざわざ海外からも大勢の方が押しかけるというのに。またとない日本史の生きた教材でもあるのですが、学校で葵祭があることを教えてないんでしょうかね?

それはともかく、自転車での移動だったら午後からの賀茂街道とか追っかけもするところでしたが、バスと地下鉄での移動だったので御所で見物しただけで切り上げました。

1つ感想を言うなら、白粉を塗って化粧してもやっぱり(ry

ケータイで撮ったので見づらい画像ですが↓開始前に御所内から清所門を通って出てくるところ
090515_4
090515_6

始まってから、建礼門の前↓
090515_8


京都新聞HPで↓ストリーミング動画が見られますので、よかったらどうぞ
 ・葵祭・京都御苑(5月15日)
 ・葵祭・下鴨神社(5月15日)
 ・葵祭・加茂街道-上賀茂神社(5月15日)

平安装束、華やかに 京都・葵祭【日本経済新聞 2009年5月15日】
Im20090515ssxkf01261505200913

 京都三大祭りの1つ、葵祭が15日、京都市で行われ、華やかな平安王朝風の装束をまとった約500人の行列が、新緑の都大路を進んだ。
 京都御所から象徴のフタバアオイを付けた勅使や検非違使など平安装束の男女と牛車、馬や牛計約40頭などが長さ約1キロの行列をつくって出発。下鴨、上賀茂両神社へ向けて約8キロの道のりをゆっくり歩き、王朝絵巻を繰り広げた。
〔※写真:平安王朝風の装束をまとい京都御苑を進む葵祭の行列=15日、京都市上京区〔共同〕〕

華麗 都に王朝の列 みやびやかに葵祭
【京都新聞 2009年5月15日】

 京都三大祭りのトップを飾る葵祭が15日、京都市内で繰り広げられた。王朝装束をまとった511人が約1キロにおよぶ列をなし、若葉がまばゆい都大路を進んだ。沿道では3万5000人(正午現在、京都府警調べ)が優雅な行列を見守った。
 上賀茂、下鴨両神社の例祭(賀茂祭)で、行列の装束や社殿にフタバアオイを飾ることから「葵祭」といわれる。道中の行列を「路頭の儀」、両神社の神事を「社頭の儀」と呼ぶ。
 午前10時半、やわらかな日差しの中、本列(近衛使(このえづかい)代列)が京都市上京区の京都御所・建礼門を出発し、「御所車」と呼ばれる牛車(ぎっしゃ)が車輪をきしませて進んだ。
 女官が先導する斎王代列(女人列)が続き、斎王代が乗った腰輿(およよ)が近づくと、京都御苑の観覧席からひときわ大きな拍手があがった。十二単(ひとえ)に身を包み、フタバアオイと金銀の金具で髪を飾ったヒロインを見つめる大通りの観客からはため息がもれた。
P2009051500088
〔※写真:観客が見守る中、京都御所・紫宸殿(ししんでん)の大屋根を背に、建礼門前を出発する葵祭の行列(15日午前10時55分、京都市上京区・京都御苑)〕

斎王代 凛と映え 葵祭【京都新聞 2009年5月15日】

 日差し穏やかな初夏の15日、古式ゆかしい葵祭が京都で催された。緑が映える都大路、行列の最後を斎王代の女人列が進む。十二単(ひとえ)の斎王代はもちろん、小袿(こうちぎ)や打袴(うちばかま)の伝統装束をまとった命婦(みょうぶ)、采女(うねめ)も女性のあこがれの的。かつての斎王代の娘や姉妹も華やかに練り歩いた。

■祖父の励まし胸に

 皐月(さつき)の空のようなすがすがしい表情で、斎王代の千万紀子さん(21)=立命館大4年、京都市上京区=は腰輿(およよ)に乗り込んだ。垂髪(おすべらかし)を飾る白い日蔭絲(ひかげのいと)が揺れる。「見晴らしがいいです。ちょっと緊張してきました」と笑顔を見せた。
 万紀子さんは裏千家の千宗室家元の長女。高校生のころから、「斎王代に」との話があったという。「斎王代は若い女性が務めていたと聞いていたので、できれば学生のうちにやらせていただこうと決心しました」
 水泳部に所属し、毎日2-3時間泳ぐスポーツウーマンだ。早朝、祖父の千玄室前家元に「行ってきます」とあいさつしてプールに出掛ける。前家元にとって、万紀子さんはただ1人の孫娘。「ちいちゃい時からかわいがって…。才気煥発(かんぱつ)な女の子に育ってくれた」と祖父は目を細める。
 祭りを前に、斎王代が下鴨神社で身を清めた4日の御禊(みそぎ)の儀。十二単(ひとえ)の万紀子さんが御手洗池に向かう際、玄室前家元はスーツの胸ポケットから故登三子夫人の写真を取り出し、胸の前に掲げた。「晴れ姿をひと目見せたかった」と言う。
 この日、祖父は久遠寺(山梨県)で献茶式を行うため、腰輿に乗った孫娘は見られない。「朝方、『おめでとう、頑張ってね』と電話がありました」と万紀子さん。祖父の励ましを胸に、斎王代は凛(りん)として都大路を進んだ。
P2009051500098
〔※写真:十二単で腰輿に乗り込み、笑顔を見せる斎王代の千万紀子さん(左)と、励ましの声を掛ける母親の容子さん(15日午前10時10分、京都市上京区・京都御所)〕

元斎王代の娘 采女できりり 母「最後まで立派に務めて」
【京都新聞 2009年5月15日】

 女人列の采女(うねめ)として参加したノートルダム女学院中3年、坂下志保さん(14)=京都市左京区=は、1988年に第33代斎王代を務めた西尾(旧姓)美保さん(46)の一人娘。「京都の文化に携わることが好きなので楽しみです。最後まで頑張って歩きます」とはきはきと答えた。
 母親も習った京舞を4歳で始め、自然に伝統文化が好きになった。「着物を着ると、日常生活から抜け出たような気持ちになる」。美保さんも認めるけいこ好きで、人前に立つのも緊張しないという。
 母から娘へ、特別に葵祭の話はしてこなかったが、今回、美保さんは「最後まで立派に務めなさい」と声を掛けた。「21年前も光栄と思いましたが、今になってさらに伝統の重みを感じる。目に見えない勉強になると思います」。斎王代と同じ美しい垂髪(おすべらかし)で、青海波文様の衣装に身を包んだ志保さんを見守った。
P2009051500110
〔※写真:采女役の坂下志保さん(左)。かつて斎王代を務めた美保さんが娘の晴れ姿を見守った(15日午前9時40分、京都市上京区・京都御所)〕