葵祭:5月3日・流鏑馬神事、5月4日・御禊の儀@下鴨神社

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比較的好天に恵まれた中で昨日・今日と葵祭の神事が下鴨神社[http://www.shimogamo-jinja.or.jp/]にて執り行われました。毎年下鴨神社の糺の森で行われる“流鏑馬神事”と異なり、“御禊の儀”は下鴨神社と上賀茂神社両社で隔年交替で行われますが、今年は下鴨神社の番のようでしたね。

しとらすが京都に暮らすようになってもう10年以上経ちますが、この2つの神事は生で見たことがありません。GWの真っ只中の日程で、放っておいても観客は大勢集まるし場所取りが大変そうで行く気が起こらない(苦笑)からです。つべに昨日の流鏑馬神事と昨年上賀茂神社で行われた“御禊の儀”(斎王代は今年の長瀬摩衣子さんではなく昨年務めた亀井敦子さん)の動画を見つけたので、参考までに置いておきます。

葵祭・路頭の儀の有料観覧席等の詳細は京都市観光協会の特設ページをご覧ください。
京都市観光協会:葵祭 http://www.kyokanko.or.jp/aoi/

昨年は雨天延期とかいろいろあって“路頭の儀”が見れなかったので、今年は今のところスケジュールは空いてるし体調が悪くなければ午前の京都御所だけでなく午後の賀茂街道にも足を運ぼうかなと予定しています。あくまで体調と天候次第ですが・・・。

あと、個人的な見解ですが、私はマスゴミ等々のように斎王代を‘ヒロイン’という言い様で指すのは反吐が出るほど大嫌いですし、史実に悖るだけでなく皇室を蔑ろにしていると考えてます(私自身はガヤトリ・C・スピヴァクさんの思想と言動に大いに共感するくらいのリベラルではあるんですけどね)。斎王代はあくまで斎王の‘代わり’であって、斎王というのは伊勢神宮または賀茂神社に巫女として奉仕した未婚の内親王または女王(親王の娘)のことです。伊勢神宮の斎王「斎宮」は南北朝時代の延元の乱、賀茂神社の斎王「斎院」は鎌倉時代の承久の乱を機にそれぞれ途絶したそうですし、現代日本でそういった制度を復活させるのは憲法の政教分離に違反するので不可能だというだけでなく、そもそも今の皇室に斎王を差し出すだけの人的余裕もないでしょう。ですから代理を立てるのは一向に構わないと思いますし、戦後に葵祭を復活させた際に斎王代と女人列を創設したのにも賛同しますが(華やかでいいでしょ?w)、それでも斎王代は斎王=皇族から差し出された巫女の代わりとしての存在であって、‘ヒロイン’と言って単なるアイドルみたいに形容してはいけないはずです。それなのにマスゴミ連中は地元の京都新聞ですら安易に斎王代を‘ヒロイン’と呼称するし、それに大きく異を唱えるような見解は右寄りの方ですらあまりないですよね?日本に真の保守主義者はいないとか主張してたのは生前の丸山眞男さんでしたっけ、私も同様に日本の自称・保守主義者やネトウヨはほとんどが手前勝手のご都合主義者だと見てますし、そうした傾向は福島原発事故のような大掛かりな出来事をとりまく風潮でなくとも、こういった斎王代にまつわる小さなニュースの扱い一つとってみても窺えるのではないでしょうか。

 


 

馬上の妙技、うなる矢 下鴨神社・流鏑馬神事【京都新聞 2013年5月3日】

 全力で駆ける馬の上から矢で的を射る「流鏑馬(やぶさめ)神事」が3日、京都市左京区の下鴨神社であった。一瞬の妙技を披露する射手(いて)と、土煙を上げ躍動して走る馬に約2万人の参拝者から歓声が上がった。

 葵祭(15日)の道中の無事を祈る神事として、1973(昭和48)年に復興された。

 本殿での神事に続き、新緑にあふれた糺(ただす)の森に作られた全長約400メートルの馬場で行われた。平安時代や江戸時代の装束を身につけた射手が、疾走する馬の上で手綱を放して弓を引き、「インヨウイ(陰陽射)」という声を発しながら、約100メートルごとに設置した三つの木製の的(約50センチ四方)を狙った。

 すべての的に命中する「皆中(かいちゅう)」には、ひときわ大きな拍手が送られ、的を外すと「あー」とため息にも似た声が森に響いた。

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〔※写真:新緑に包まれた糺の森で、疾走する馬の上から矢で的を狙う射手(3日、京都市左京区・下鴨神社)〕

 

斎王代、身も心も平安に 下鴨神社で「御禊の儀」【京都新聞 2013年5月4日】

 葵祭を前に斎王代や女官役の女性たちが身を清める「御禊(みそぎ)の儀」が4日、京都市左京区の下鴨神社であった。新緑の中、王朝絵巻さながらの儀式が繰り広げられ、観光客は十二単(じゅうにひとえ)をまとったヒロインの優雅な所作に見入った。

 午前10時すぎ、第58代斎王代を務める長瀬摩衣子さん(20)=左京区出身=は、女官や童女(わらわめ)とともに境内を歩き、御手洗(みたらし)川のほとりでおはらいを受けた。雅楽が響く中、長瀬さんは両手を流れに浸して身を清めた。

 初めて身につけた十二単に長瀬さんは「平安の歴史のような重み。身も心も清らかな気持ちになれました」と笑顔で話した。

 御禊の儀は1956年に復活し、下鴨神社と上賀茂神社(北区)で隔年で催されている。

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〔※写真:祭りの無事を祈り、御手洗川に手を差し入れて、身を清める斎王代の長瀬摩衣子さん(4日午前10時40分、京都市左京区・下鴨神社)〕