曳初め、社参の儀・・・徐々にクライマックスを迎える祇園祭

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今週の金曜日17日に山鉾巡行を迎える祇園祭。昨日は長刀鉾・函谷鉾・月鉾・菊水鉾・鶏鉾で曳初めがあったみたいですが、日曜だったので(人も多そうだし)行きませんでした。で、今日曳初めをやる鉾や山もあるのですが、行ったのが少し遅かったみたいで、しとらすが出向いた時にはすでに終わってました。夜ににわか雨が降りましたが、鉾建てを行なう日中はなんとか天気がもってくれてよかったです。

長刀鉾の稚児と久世駒形稚児の“社参の儀”@八坂神社も無事終えたようです。すでに粽などを売ってる町もありましたし、明日からは露店も立ち並んで賑やかになることでしょう。天候しだいでは16日に行くかもしれません。

ケータイの画像ですみませんが↓まずは夕方17時頃の長刀鉾
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19時半頃の長刀鉾↓祇園囃子が四条通に響き渡ってました。
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帰りに嵐電大宮駅に戻る途中で意外な所からお囃子の音が聴こえてきたので立ち寄ってみたら、大舩鉾(新町通四条下ル)の方々でした。残念ながら元治元年[1864年]の“蛤御門の変”で鉾が消失してしまい(明治維新の暗黒面の一例ですね)、再興も叶わないまま休み鉾として今日に至ってるようですが、12年ほど前にお囃子を復活させて宵山の期間中に演奏されてるそうですし、同時に残された御神面と懸装品も公開されています。中には菊の御紋の入ったものや文化財指定を受けてるものもあります。デジカメがあれば写真撮ってたんですけど、また次の機会に、ということで(苦笑)。
大舩鉾 http://www.biwa.ne.jp/~jimmie-k/hunehoko.html
京折詰「矢尾定」HP~祇園祭 大船鉾

なお、祇園祭に関しては、まずは↓でチェック。詳しく知りたくなったらググってくださいね(笑)。

e京都ねっと|2009年祇園祭スケジュール
京都新聞|祇園祭2009[一部動画あり]
京都・祇園祭ボランティア21 http://www.gionmatsuri.jp/


八坂神社で厳かに「社参の儀」 祇園祭 長刀鉾の稚児が参拝
【京都新聞 2009年7月13日】

 祇園祭の山鉾巡行で先頭を進む長刀鉾の稚児が八坂神社(京都市東山区)に参拝して「神の使い」となる「社参の儀」が13日、同神社で厳かに営まれた。
 稚児は八坂神社から神木の杉の葉でくるんだ「杉守り」を授かり、神の使いとなる。同時に五位少将、十万石の大名の格式を得たとみなされ、「お位もらい」とも呼ばれる。
 午前10時、今年の稚児・今西優太朗君(9)=左京区=と禿(かむろ)2人、長刀鉾保存会の役員ら一行が町会所(下京区四条通烏丸東入ル)を出発した。今西君は金の立烏帽子(たてえぼし)に水干姿。白馬に乗って八坂神社へ進んだ。
 途中、四条大橋上で今西君が所属する八坂神社の氏子組織「宮本組」が祝いの口上を述べた。
 神社到着後は本殿で神事に臨み、神の使いとなった稚児は強力(ごうりき)に担がれて境内を後にした。
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〔※写真:八坂神社へ向かう馬上で笑顔を見せる長刀鉾の稚児・今西優太朗君(13日午前、京都市下京区の四条通)〕

久世駒形稚児が「社参の儀」 祇園祭・神幸祭と還幸祭で先導
【京都新聞 2009年7月13日】

 祇園祭の神幸祭と還幸祭で神輿(みこし)を先導する久世駒形稚児の2人が13日、「社参の儀」として八坂神社(京都市東山区)を参拝した。
 久世駒形稚児は綾戸国中神社(南区)の氏子の男児から選ばれる。御神体の駒形を胸につけ、馬に乗って神輿を先導する重要な役目を担う。
 今年は17日の神幸祭の稚児が後藤遼馬君(7)、24日の還幸祭が八木亮介君(8)。
 2人はこの日、金色の立烏帽子(えぼし)に薄紅の上衣、紫のはかま姿で本殿正面から昇殿した。八坂神社の神木の葉でくるんだ「杉守り」を授与され、森壽雄宮司から「暑い中で馬に乗らなければならないが、男の子らしく元気に前を向いて務めてください」と激励を受けた。
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〔※写真:「社参の儀」で八坂神社の神木・スギの葉でくるんだ「杉守り」を授与された久世駒形稚児の2人(13日午後2時20分、京都市東山区・八坂神社)〕

ギシッ! 動き感動 祇園祭 鉾の曳初め
【京都新聞 2009年7月12日】

 祇園祭の鉾や曳山(ひきやま)が建ち始めた京都市の中心部で12日、鉾の曳初(ひきぞ)めが行われた。今夏最高の33・6度(京都地方気象台調べ)を記録した猛暑の下、大勢の市民や観光客が詰め掛け、汗をかきながら綱を引いて大きな鉾を動かした。
 曳初めをしたのは四条通と室町通に建つ長刀鉾、函谷(かんこ)鉾、月鉾、菊水鉾、鶏鉾。「鉾の辻(つじ)」と呼ばれる四条室町交差点付近は日曜日と重なり、人でごった返した。
 曳初めは市民が鉾をひける唯一の機会とあって、親子連れや浴衣姿の若者が綱に群がり、力を合わせて鉾を引っ張った。兵庫県川西市の藤原徹さん(35)、美紀さん(32)夫妻は「綱が引けて満足です。ギシッと動いた時は感動しました」と話した。また、夕方には一部の鉾の駒形提灯に火がともった。
 13日午後3時からは新町通に並ぶ北観音山、南観音山、放下鉾、船鉾、岩戸山の曳初めがある。
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〔※写真:晴天の下、多くの人が参加した曳き初めで、ゆっくりと進む函谷鉾(12日午後2時7分、京都市下京区四条通烏丸西入ル)〕

白楽天山 車輪を新調 祇園祭、サスペンションも
【京都新聞 2009年7月13日】

 祇園祭の山鉾の一つ、白楽天山保存会(京都市下京区室町通綾小路下ル)は、巡行時に山を支える車輪を新たに製作し、13日にかき初めをした。従来の4輪から6輪に増やし、衝撃を吸収するために鉄製のサスペンションを導入した。
 1964年製の従来の車輪(直径30センチ)より大きい2輪の主車輪(同36センチ)を中央に配置し、四隅に補助車輪(同20センチ)を付けた。車軸と台座の間に、振動に合わせてしなる長さ80センチの弓状サスペンションを設置した。
 白楽天山保存会の福井貫二理事長(53)は「車輪の直径が違うため、かいて進むと山全体が上下に揺れ、風情がある。かきやすい高さを調整しながら、他の山でも活用できるようにしたい」と話す。
 かき山はもともと人が担いでいたが、かき手不足のため63年に一部の山が車輪をつけて以来、他の山も続いた。最近は車輪が老朽化したため、今年の巡行では祇園祭山鉾連合会が各山の車輪の状態を調べる。
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〔※写真:新たに製作した車輪を取り付け、かき初めをする白楽天山保存会の人たち(13日午後1時50分、京都市下京区)〕

祇園祭・月鉾照らすLED電球 環境配慮、今年から200個導入
【京都新聞 2009年7月12日】

 祇園祭の月鉾(京都市下京区四条通室町西入ル)は今年から、駒形提灯の電球を蛍光灯からLED電球へ変える。消費電力は10分の1になり、表面も熱くならないため、環境に優しく安全性も高まるとしている。
 昨年、32基の山鉾は一斉に、駒形提灯の電球を白熱灯から省エネ型の蛍光灯へ交換した。月鉾も82個を駒形提灯につけたが、下ろす際に10個が割れた。
 今年から使うLED電球はカバーがプラスチック製で、落としたとしても割れにくい。消費電力も2ワットで蛍光灯の10分の1。明るさはほとんど変わらず、色もほぼ同じという。
 鉾を照らす駒形提灯のほかに、町会所やちまきを売るテントの提灯用に200個導入した。13日から点灯する。月鉾保存会の斎藤政宏理事長(62)は「環境に優しいエコな月鉾を目指したい」と話した。
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〔※写真:月鉾が今年から駒形提灯に使うLED電球(右)と昨年使った蛍光灯〕

大船鉾の旧町会所は囃子場所 保存会、古地図から究明
【京都新聞 2009年7月11日】

 幕末期に焼失した祇園祭の大船鉾の町会所の位置について、四条町大船鉾保存会が、古地図をもとに現地を実測した結果、現在の囃子(はやし)の演奏場所(京都市下京区新町通四条下ル)のビル駐車場と一致することがわかった。囃子方メンバーは「ルーツの地で演奏することに誇りを感じる」と喜び、町会所があったことを示す看板を13日から掲げる。
 大船鉾は鉾と町会所を焼失したが、神面や懸装品が残る。1997年に青年層が囃子方を復活させた。
 保存会の松居米三会長(76)が、府立総合資料館に寄託している「四条町文書」を調べ、明治初頭の町内の全地主名と土地の間口や奥行きを詳細に記した地図を会員に配った。
 地図には綾小路通から11軒北側に「地主 町中 表口五間一尺三寸」とあり、町会所が焼失後も町が土地を所有していたことを示す。囃子方代表の佐々木定寿さん(51)らが綾小路通から11軒分の間口をメートル法に換算し、巻き尺で測った結果、演奏場所として駐車場を借りている京都友禅ビルだと究明した。
 松居会長は「このあたりだったらしい、との言い伝えが裏付けられた。囃子方が活動に誇りを抱くことで、鉾の歴史は一層を広く伝わる」と話している。
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〔※写真:大船鉾の町会所があった土地を、明治初期に町が所有していたことを示す地図〕