西国三十三箇所・・・第十八番札所・紫雲山 頂法寺、第十九番札所・霊麀山 行願寺

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和歌山の那智の方に先週行った時、那智まで久しぶりに来たのを良い機会にしようと青岸渡寺で西国三十三所巡礼用の納経帳を買いました。

関西圏とはいえ広範囲なので三十三ヶ所廻るのは結構大変なのですが、まあ少しずつ行けばいいや、と思いまして。四国遍路もそうなのですが、肩肘張らず気軽に行かれてる方も多いようですし、私も納経帳の他は数珠しか持っていませんけど(母からの借り物と、なぜか母が私にプレゼントしてくれたのと、2つ)。

ただ、そう度々は遠出できるわけでもなく、また四国遍路ほど順番にこだわらなくてもよさそうですので、行ける時にとりあえず近くから回ってみることにしました。

で、まずは第十八番の紫雲山・頂法寺、通称“六角堂”[http://www.ikenobo.jp/rokkakudo/]。烏丸六角を東に入ったところにあって、周囲はビルばかりです。
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聖徳太子が587年に創建したとのことなので平安京遷都よりも古いということになります。ちなみに、華道で有名な池坊の発祥(室町中期?)の地でもあります。

御本尊は如意輪観世音菩薩ですが、聖徳太子がここを訪れた時に持っていたものだそうで大きさが約5.5cmの秘仏。なので、写真に写っている仏さんは、大っきぃ影武者(笑)。
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太子が四天王寺を建てるための用材探しでこの地を訪れた際、歩きすぎて疲れたってんで、ちょうど見つけた泉でさっそく沐浴。さっぱりしてイザ参ろうかと服を着て、いつもは首から提げていて(沐浴するからと)そばの木の枝に掛けておいた仏像が取れへん!

・・・おっかしいなぁ、とれへんなぁ、
(夢のお告げとか地元民に言われて気づいたとか諸説あるようですが)
ここにお堂を建てなさい、いうことか・・・

というストーリーのようです。

・・・うっかりして、京都の中心の証という“へそ石”を写真に撮るのを忘れました(苦笑)。なんでも、平安京造営の時に地割の関係で六角堂が中心になったはいいけれど、このままじゃお堂を壊すか動かすかしないと東西の道が通せへん。まさか聖徳太子が建てはったもんに手をつけるわけにはいかへんし・・・帝の勅使が困ってお祈りしたら、へそ石を残して建物ごと北の方に
‘えい!!’
とばかりに動いてくれて無事解決したというお話しがあるようです。明治期に境内に移されるまで、へそ石は道の真ん中にあったそうです。

六角堂から少し北東の方に行ったところ、寺町二条上ルにあるのが有名な一保堂茶舗[http://www.ippodo-tea.co.jp/]
享保年間の1717年創業の、見た感じそのままの老舗です。買物だけではなく、喫茶室もあって「お茶する」こともできます。寺町通のこの界隈は骨董屋さんや画廊、古本屋さんなんかもあって、好きな人にはたまらない通りです。
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一保堂茶舗からやや上がった、寺町竹屋町に第十九番札所の霊麀山・行願寺、通称“革堂”(こうどう)があります。1004年に行円上人によって創建。上人がいつも鹿皮の衣を着ていたので‘革聖’(かわひじり)と呼ばれていて、お寺も“革堂”というようになったとのこと。あと都七福神のうちの寿老神(不老長寿の神様)もここです。
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京都の街は応仁の乱やら何やらと幾重となく戦乱や大火に遭った都市で、織田信長で有名な本能寺のように場所を何度も変えた寺社は探すのが面倒なほどたくさんあるのですが、この革堂もその1つ。寺町竹屋町にある今の本堂は1815年に建立のようです。御本尊は先手観世音菩薩(秘仏)。

1/23追記:頂いてきた御朱印です↓
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