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葵祭:5月3日・流鏑馬神事@下鴨神社、5月4日・御禊の儀@上賀茂神社

今年のカレンダー上では昨日から4連休になっているGW後半ですが、どうにか天候にも恵まれて、昨日と今日の葵祭の神事も滞りなく執り行われたようですね。昨日の“流鏑馬神事”は下鴨神社[http://www.shimogamo-jinja.or.jp/]で、今日の“御禊の儀”は上賀茂神社[http://www.kamigamojinja.jp/]でそれぞれ催されましたけど、今年の斎王代を務める太田梨紗子さん、神戸大文学部2回生で『老松』[http://www.oimatu.co.jp/]のご令嬢ですが、ネットの画像越しに見ても十二単がよく似合ってるように思います。間近で拝見することのできる来週の15日が楽しみですね。

葵祭の有料観覧席等の詳細は京都市観光協会の特設ページをご覧ください。
京都市観光協会:葵祭 http://www.kyokanko.or.jp/aoi/

それから、昨年にも同じことを述べましたが、私はマスゴミ等々のように斎王代を‘ヒロイン’という言い様で指すのは反吐が出るほど大嫌いですし、史実に悖るだけでなく皇室を蔑ろにしていると考えてます(私自身はガヤトリ・C・スピヴァクさんの思想と言動に大いに共感するくらいのリベラルではあるんですけどね)。斎王代はあくまで斎王の‘代わり’であって、斎王というのは伊勢神宮または賀茂神社に巫女として奉仕した未婚の内親王または女王(親王の娘)のことです。伊勢神宮の斎王「斎宮」は南北朝時代の延元の乱、賀茂神社の斎王「斎院」は鎌倉時代の承久の乱を機にそれぞれ途絶したそうですし、現代日本でそういった制度を復活させるのは憲法の政教分離に違反するので不可能だというだけでなく、そもそも今の皇室に斎王を差し出すだけの人的余裕もないでしょう。ですから代理を立てるのは一向に構わないと思いますし、戦後に葵祭を復活させた際に斎王代と女人列を創設したのにも賛同しますが(華やかでいいでしょ?w)、それでも斎王代は斎王=皇族から差し出された巫女の代わりとしての存在であって、‘ヒロイン’と言って単なるアイドルみたいに形容してはいけないはずです。それなのにマスゴミ連中は地元の京都新聞ですら安易に斎王代を‘ヒロイン’と呼称するし、それに大きく異を唱えるような見解は右寄りの方ですらあまりないですよね?日本に真の保守主義者はいないとか主張してたのは生前の丸山眞男さんでしたっけ、私も同様に日本の自称・保守主義者やネトウヨはほとんどが手前勝手のご都合主義者だと見てますし、そうした傾向は福島原発事故のような大掛かりな出来事をとりまく風潮でなくとも、こういった斎王代にまつわる小さなニュースの扱い一つとってみても窺えるのではないでしょうか。

 

 

人馬一体、妙技に歓声 京都・下鴨神社で流鏑馬神事【京都新聞 2014年5月3日】

 疾走する馬上から的を射る「流鏑馬(やぶさめ)神事」が3日、京都市左京区の下鴨神社で行われた。新緑あふれる糺(ただす)の森で披露された人馬一体の妙技に、約2万2千人の参拝者が歓声をあげた。

 葵祭(15日)の道中の無事を祈る神事として、1973(昭和48)年に復興された。

 本殿での神事に続き、平安装束や武士装束に身を包んだ射手(いて)が登場。約400メートルの馬場を猛スピードで走る馬の上で弓を引き、約100メートルごとに3カ所ある約50センチ四方の的を狙って矢を放った。

 馬場沿いを埋めた人たちは、緑のトンネルを華麗に駆ける人馬の姿に見入り、すべての的に命中する「皆中(かいちゅう)」に、ひときわ大きな拍手を送っていた。

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〔※写真:新緑の境内で、馬上から的を狙って矢を放つ射手(3日午後3時33分、京都市左京区・下鴨神社)〕

 

新緑の社、清めの美 斎王代「御禊の儀」 京都・上賀茂神社【京都新聞 2014年5月4日】

 葵祭を前に、ヒロインの斎王代や女官が身を清める「御禊(みそぎ)の儀」が4日、京都市北区の上賀茂神社であった。新緑の境内で繰り広げられる優雅な儀式に大勢の観光客が魅了された。

 午前10時すぎ、斎王代の太田梨紗子さん(20)と50人の女官たちが、市原野小(左京区)で育てたアオイの葉を児童から頭や胸に付けてもらい、表参道を進んだ。御手洗(みたらし)川に架かる橋殿でおはらいを受けた後、十二単(ひとえ)姿の斎王代が童女と岸に降り、流れの中へ静かに手を浸した。

 太田さんは「川の水の冷たさで身の引き締まるような思いでした」と話していた。

 御禊の儀は1956年に復活し、上賀茂神社と下鴨神社(左京区)で隔年で催されている。

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〔※写真:御禊の儀で御手洗川に手を浸す斎王代の太田梨紗子さん(4日午前10時50分、京都市北区・上賀茂神社)〕

 

京都・葵祭:「御禊の儀」で心身清める 上賀茂神社【毎日新聞 2014年5月4日】

 京都三大祭りの一つ、葵(あおい)祭(15日)のヒロイン、斎王代(さいおうだい)が心身を清める「御禊(みそぎ)の儀」が4日、京都市北区の上賀茂神社であった。約800人の参拝者らが華やかな儀式を見守った。

 今年の斎王代を務める神戸大2年、太田梨紗子さん(20)=京都市上京区=が十二単(ひとえ)に身を包み、約50人の女官や童女とともに境内を練り歩いて橋殿へ向かった。おはらいを受け、御手洗(みたらし)川に手を浸して心身を清めた後、木でできた「形代(かたしろ)」にけがれを移して川に流した。

 神事を終えた太田さんは「水の冷たさで身が引き締まる思い。私であって私でないような、きれいで純粋な存在になった気持ちです」と話した。

 御禊の儀は、かつて神社につかえた皇女「斎王」が鴨川の河原で身を清めたことにちなむ神事で、上賀茂神社と下鴨神社(京都市左京区)で隔年で催される。【花澤茂人】

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〔※写真:御禊の儀で御手洗川に手を浸して身を清める斎王代(中央)=京都市北区の上賀茂神社で2014年5月4日午前10時51分、森園道子撮影〕


真夏の上賀茂神社と下鴨神社に行ってきました

ちょっと所用ができて午後から2つの賀茂社に行ってきました。このところ足が遠のいてしまってて葵祭の時も行ってませんし随分と久しぶりです。

まずは上賀茂神社〔正式名称は賀茂別雷神社(かもわけいかづちじんじゃ)〕[http://www.kamigamojinja.jp/]
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有名な枝垂桜ですが、今は真夏なので桜色ではなく緑色(笑)↓
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ニノ鳥居↓
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手前が楽舎、中央奥のが土舎↓
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細殿↓前にあるのは立砂で、御神体である柊野の神山を模したものだそうです
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楼門↓
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・・・で、この門をくぐってお参り・・・なのですが、2年後の式年遷宮に伴う文化財修復の準備ということで工事用のテントとかがドンと置いてあったりしてたので、武骨なのを撮ってもしかたないと思い撮影は止めておきました。

 

次に向かったのは下鴨神社〔正式名称は賀茂御祖神社(かもみおやじんじゃ)〕[http://www.shimogamo-jinja.or.jp/]。上加茂神社発の市バス4番系統に乗ってバス停‘下鴨神社前’で降り、西参道からまっすぐ本殿に進みました。奥に鎮座してあるのを真正面から撮るのはさすがに気が引けたので少しだけ角度をズラしてます。
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言社↓本殿前にある七つのお社で十二支の守り神
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本殿に入る中門↓
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毎年7月の土用の丑の日には御手洗祭があって、この小川から御手洗池まで裸足で浸して歩いて行き蝋燭を供えて穢れを祓い無病息災を祈願するのですが、私は今年もとうとう行きませんでしたし・・・つべをあさってたら何方かアップしたのを見つけたので、それで雰囲気だけでも味わってください。
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楼門↓夏越祓の茅の輪があるとは思いませんでした。
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写真左が舞殿、右が橋殿↓
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神楽殿↓
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南口鳥居↓
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北側から見た糺の森↓
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7・8年前に京都市埋蔵文化財研究所が発掘調査していた一帯です。私が出かけた現地説明会では祭祀の遺構という話があったように記憶しています。真中に写っている案内板に詳しく説明が書かれているのでしょうけど、今の時期に奥まで分け入って蚊に刺されるのも嫌でしたので見に行くのは止めました。
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で、所用というのがこの安産御守↓私じゃなくて知人にプレゼントするものです
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衰退の道にまっしぐらの今の日本に生まれてくるのが正直言って気の毒ではあるのですが、何にせよ懐妊はお目出度いことなので、せめて無事出産を終えることと、生まれてくる子が物心つく時代には日本の社会状況がもうちょっとマシになってくれることを願うのみです。

 

下鴨神社%%http://maps.google.co.jp/maps?q=35.038510,135.772308+(%E4%B8%8B%E9%B4%A8%E7%A5%9E%E7%A4%BE)&hl=ja&ie=UTF8&z=13%%35.038510%%135.772308%%13

 


葵祭:5月12日、御蔭祭@下鴨神社

御蔭祭は葵祭の前儀として執り行われる祭儀で、比叡山山麓の八瀬御蔭山より神霊を賀茂の本社へ迎える神事です。今でこそ5月12日に固定されていますが、元は陰暦4月の中の午(うま)の日に行われていたそうです。

場所が私の住んでいるところから遠いので、実はまだ1度も見に行ったことがありません。何時かは・・・とは思っていて、今日は天気も好いし、日曜じゃなければ出かけてたんですけどね(苦笑)。

つべで昨年のを見つけたので、よければどうぞ。

 

木漏れ日輝く、歓迎の舞 下鴨神社で御蔭祭【京都新聞 2013年5月12日】

 葵祭(15日)に先立ち、新しく生まれた神霊を迎える「御蔭(みかげ)祭」が12日、京都市左京区の下鴨神社などで営まれた。木漏れ日が差し込み、新緑がきらびやかな糺の森で、厳かな舞楽「東游(あずまあそび)」を多くの参拝者が見守った。

 比叡山西麓の御蔭神社で、神霊「荒御魂(あらみたま)」を櫃(ひつ)に移す神事を行った。神職や氏子ら約140人による行列は午後3時45分ごろ、荒御魂を運ぶ神馬(しんめ)とともに下鴨神社に戻った。

 糺の森の「切芝神事」では、五色幕から顔を出した神馬に向き合い、神をたたえる東游を奉納した。フタバアオイを挿した冠と白い装束をまとった6人の舞人が、篳篥(ひちりき)などによる雅楽の調べと古代歌謡に合わせ、ゆったりとした所作で舞った。

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〔※写真:新緑が映える糺の森で披露された舞楽「東游」(12日午後4時15分、京都市左京区・下鴨神社)〕

 

古来の舞新緑に映え 御蔭祭【読売新聞 2013年5月12日】

 葵祭(15日)を前に、祭神の若返りを願う「御蔭祭」が12日、下鴨神社(左京区)などで行われた。鮮やかな新緑の下、同神社では日本古来の舞「東游(あずまあそび)」が奉納され、参拝者が優雅な舞を楽しんだ。

 御蔭祭は、摂社の御蔭神社(同区)から神霊を下鴨神社に迎える神事で、室町時代の嘉吉3年(1443年)に催されたことが文献に残る。

 この日は、フタバアオイなどを身に着けた神職ら約130人が御蔭神社で神事を行った後、夕方に下鴨神社に戻った。同神社の糺(ただす)の森では6人の舞人が、神馬の前で篳篥(ひちりき)や笛の音に合わせて舞を披露。大勢の観覧者が熱心にカメラのシャッターを切っていた。

 初めて見たという北区の主婦高林愛子さん(60)は「美しい衣装と舞で、昔にタイムスリップしたようです」と喜んでいた。

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〔※写真:優美な東游を披露する舞人(左京区の下鴨神社で) 〕