ヴュータン」タグアーカイブ

京都市交響楽団 第575回定期演奏会(指揮:小林研一郎)

昨日から腰を酷く痛めてしまって、外用薬・内服薬とコルセットで寒い空の中をなんとか体を動かして北山の京都コンサートホールまで出かけたのですが、演奏会終了後の心境としては
4721846

・・・あ、いや、こんなもんじゃ済まないな・・・
こんな感じ↓
13894653100483007
13894653100509001
・・・これくらいゲキオコな状態です(苦笑)。

そもそも70過ぎたベテランが定期演奏会に安直な名曲選的プログラムでお茶を濁しているのからしてほとんど期待していなかったのですが、5分遅れで始まったプレトークは「オルガン付き」の主題をピアノで弾いて見せてオシマイ・・・今回の3曲の中では馴染みの薄そうな『オベロン』序曲について語るとか、他にも若い頃の思い出話で薀蓄を披露するとか、いくらでも時間は使えただろうに・・・

 

京都市交響楽団 第575回定期演奏会
2014年1月24日(金)19時開演@京都コンサートホール

◆C.M.v.ウェーバー 歌劇『オベロン』 J.306〜序曲
◆F.メンデルスゾーン ヴァイオリン協奏曲ホ短調 Op.64
 (ヴァイオリンソロ・アンコール)
 ◇アンリ・ヴュータン アメリカの思い出「ヤンキー・ドゥードゥル」 Op.17
(休憩)
◆C.サン=サーンス 交響曲第3番ハ短調 Op.78「オルガン付き」

指揮:小林研一郎
ヴァイオリン:三浦文彰
コンサートマスター:渡邊 穣
オルガン:長井浩美

 

ソリストの三浦さんがアンコールで弾いたのは、19世紀にヴァイオリニストと作曲家として活躍したベルギー人のアンリ・ヴュータンの小品。本来はピアノ伴奏が付いてる曲ですが、この日は無伴奏で弾いてました。「ヤンキードゥードゥル」というのはアメリカの民謡で独立戦争の際に愛国歌として親しまれていたそうですが、なんでこれが日本に入ってきた時に山登りの歌詞を付けて「アルプス一万尺」になったのかは私も知りません(笑)。彼はこの曲をアンコールの持ち曲の1つにしているようですが、途中で遊び心も交えながらバカテクを披露していたので、これなら本番もメンコンじゃなくて私が個人的に最近NMLで聴いたベルクとかヒンデミットとか(ベルクはソロがイザベル・ファウストで伴奏がアバド&モーツァルト管、ヒンデミットはソロが五嶋みどりで伴奏がエッシェンバッハ&北ドイツ放送響)で聴いてみたかったですね。京響にも合うでしょうし。

・・・もっとも、コバケンが振れるわけないか・・・(苦笑)

ツイッター上では概ね好評だったようですが、私はここまでシラケさせられるとは思ってもみませんでした。特にサン=サーンスの交響曲第3番「オルガン付き」は彼の作曲技巧を存分に注ぎ込んだ曲なので普通にやっても豪華絢爛に聴こえるのは当然ではあるのですが、今夜の演奏はオルガンが一人目立ちと言っていいほど浮いていましたし、オケの強奏時も指揮者が単に大きな音を出させようとしていただけだったので音色とか何とかお構いなし。ファビオ・ルイージにはじめは冷淡な態度をとっていたどこかの傲慢放送局オケと違って、京響は良い子ちゃん揃いだしフレキシブルな利点も持ち合わせているので、指揮者が筋の通った指示を出していれば曲に合わせた響きを出せるのですが、メンコンでもそうだったけど今回は音にいつもの潤いもなければ弱音時の繊細さとかも無しの、らしくない雑な印象を受けました。オケは別に職務放棄していたわけではなく何とか指揮者に合わせて形にしようと努力していた様子は窺えたので、これはもう100%指揮者の責任です。いくら精神的な深みがベートーヴェンやブラームスらのそれには達していないとはいえサン=サーンスが自身の持てる技巧を全て注ぎ込んで作った交響曲を老いた指揮者が振って底の浅さを露呈させるとは、如何に勉強を疎かにしていたかの証左でしょう。若い頃がどうだったかは知りませんが、少なくともある時期から探求という地道な作業を放棄して劣化したのは間違いないと思われます。

それでいてステージマナーはというと、永田町では踏ん反り返って赤坂通いしてるくせに選挙期間中だけやたらペコペコ頭を下げてくる政治家や、商品を売るためなら客の靴を舐めることも厭わない営業マンみたいな臭いをプンプンさせて、最後には丁寧にお辞儀してるような素振りを見せてから
「サンサーンスの霊が降臨して来たように感じました」
と自画自賛してステージを後にする・・・えぇ、もうブチ切れました(怒)。大友さんと広上さんがこれまで丹精込めて育ててきて、かつまた団員個々人が常に向上心を忘れずに音楽に打ちこむことでここまで成長してきたオーケストラに何てことをしてくれたんだと。随分前に大フィル?で見て以来彼の指揮は2回目だったと思いますが、前の時はここまで殺意めいたものは湧きませんでしたよ。円熟どころか酷く劣化してるし。

格式ある(べきである)京響定期を大根役者の三文芝居にしてしまった責任は重大です。時間がなかったので簡潔に意見を書いただけのアンケート用紙を直接事務局の方に手渡しましたけど、
「小林研一郎は2度と呼ばないで下さい!!!」